第三話「道の駅・しょうなんに着いた。だが、ゆっくりできない」

 信号機の横に見える青い標識を見つけ、営野は思わず口元が緩む。



【道の駅・しょうなん】

http://www.michinoeki-shonan.jp/



 それは県道八号線沿いにあり、手賀沼を渡る手賀大橋の手前にある道の駅だ。

 正面にはお約束の農産物直売所。

 隣にはレストランが繋がっている。

 また、レンタルサイクルもやっており、手賀沼周辺にあるサイクリングコースを走ることもできた。

 そのためか駐車場には、ロードレーサータイプの自転車ツアラーたちが休憩していた。

 他にもバイクのツーリンググループや、キャンピングカーもうかがえる。


(都内から近い、自然が楽しめる車中泊ポイント。確かにあいつの言うとおりだ。隣は風呂があると言って……おお、あれか)


 橋に繋がる県道八号線を挟んで反対側をみると、大きな建物に【満天の湯】の文字が見えた。

 源泉掛け流しの温泉で、食堂もあってなかなか大きな施設らしい。

 ネット友人に「道の駅・しょうなんに寄る」と言ったらURLと一緒に紹介してくれた場所である。



【手賀沼観光リゾート 天然温泉 満天の湯】

http://manntenn.com/



 その友人は、この道の駅に車中泊し、満天の湯を利用したのだが、非常に良かったのでとお薦めしてくれたのだ。

 内湯も露天風呂も種類があり、つぼ湯やら、寝ころび湯などいろいろと楽しめるのだとか。

 さらに、中に入っている食堂もなかなかおいしかったらしい。

 なんでも温泉の性質から湯冷めしにくいとかで、快適に車中泊が楽しめたと言っていた。


(だけど、今日は残念ながら寄れないんだよな……)


 もちろん、本当ならばこの温泉にはいりに来たい。

 しかし、ペダリストの電池をなるべく消耗しないようにするため、移動は最小限に抑える必要がある。


 そこで営野は、温泉ではないがキャンプ場にある風呂を利用することにした。

 ただキャンプ場の風呂も評判は悪くない。

 これはこれで楽しみである。


(かるく見て回るか……)


 この道の駅には、お土産物を売っているような売店はない。

 だからとりあえず、ペダリストは駐車して建物周りを歩いてみる。


(なかなか、いい風景だ……)


 道の駅の裏に回ると、そこには緑が広がっていた。

 そしてサイクルロードらしき、舗装道路が横に走っている。

 その向こう側に広がるのは、手賀沼。


 今でも十分に大きい沼だが、昔はもっと大きい沼だったらしい。

 なんでも干拓事業でかなりの部分がうしなわれたとか。

 また、ウナギがとれるほどきれいな水質だったらしいが、高度成長期から水質は国内でもワースト一位にも輝いたことがある不名誉を残念ながらもつ。


(でも、こうしてみている分にはいい風景だけどな)


 特に何もないのだが、むしろだからこそノンビリできそうだ。

 なるほど、都内近郊でのんびりと車中泊をするには向いている場所かもしれない。


 だが、今はここでゆっくりと時間を過ごすことはでない。

 のんびりしすぎると、一三時のチェックインに間にあわなくなってしまう。

 ここには昼飯を食いに来たのだ。

 そろそろレストランに向かわないとならない。


(ここか……)


 レストランの入口には、いくつものポップと、メニューが貼られていた。

 基本的には中華料理を扱う店らしいが、そんなことよりもまず目についたのはソフトクリームのポップだった。

 生産量日本一の誇りを使ったソフトクリーム。


(これか……柏のかぶソフトクリーム……)


 一見、普通のソフトクリームに、緑の粉がかけられている。

 ネット友達からは、「珍妙でインパクトがあるが、かなりおいしいソフトクリームがある」とは聞いていた。

 でもまさか、さすがに「かぶ」は予想外だった。


あの娘・・・なら、『興味あること、この上マックス』とかいうのだろうな……)


 前のキャンプで出会った女子高生を思い出して、思わず口元がゆるんでしまう。

 かなりかわった娘だったが、これからもキャンプを続けてくれるのだろうかと、ふと思う。


(道の駅の隣にも、野菜食べ放題のレストランがあったな……)


 どちらにいこうか、そう考えながら営野は腕時計を見る。


「……え?」


 そして息を呑む。

 すでに時間は一二時五五分。

 一三時にはチェックインすると言ってあるのに、あと五分しかない。

 まだ余裕があると思っていたが、こぐのに一生懸命で時間を確認した時、見まちがえていたらしい。


(くっ……。そりゃあ、そうか。速度が遅くて時間がかかりすぎてたもんな。ここで飯を食っている間に充電時間を稼ぐ計画だったが……)


 バッテリー二本ではかなりギリギリであることはわかっていた。

 だから、途中で休憩を入れて、その間にモバイル電源からペダリストのバッテリーに充電をする計画だったのだ。

 しかし、すでに休憩する時間もない。


(なんとかなる……かな……)


 仕方なく、ペダリストの元に戻る。


 だが彼の見積は甘かった。

 スタートしてしばらくすると、はたしてバッテリー切れになってしまう。


 しかも、キャンプ場は小高い山の上。

 目の前に見えるのは、わりと急な坂道だ。

 重いトレーラーを引っぱっているバッテリーの切れたペダリストと、少々運動不足である三〇歳のコンビでは、とてもその坂道を登ることはできそうにない。


(最悪だ……)


 なんとかだましだまし進む。

 されどまた登ったと思ったら下らされ、そして再び現れる長い坂道。

 しかも、止った場所はちょうど堆肥化された糞便の香りが漂うエリア。

 ペダルをハアハアとこぐたびに、ぷぅ~んと漂うそれを吸いこんでしまう。


(これは……無理が……)


 目の前に見える坂道は、体力が尽きかけている彼にとって壁のようだ。

 もうペダルに残りの力を込めても、進むことができない。

 この状態になると、チェーンリングを大きくしてペダルの負荷を挙げたことが裏目にでる。


(あと……もう少しのはず。少しは充電されているだろうから……)


 トレーラーの中で短時間だけ充電されていたバッテリーに交換する。

 なんとかモーターがまた回りだす。

 またまた、だましだまし。

 それでもなんとか、心臓破りの坂を越えることができた。


(……アスレチックみたいなのがある。ここか!?)


 左手の林の中に、テントの影やロッジなどが見えてくる。

 その中には木々の間を渡る吊り橋や、縄ばしごなどもうかがえた。


「おっ! すごいの乗ってるな!」


 その林の中、道沿いで酒盛りをしている男性数人に声をかけられた。


「坂道、お疲れ! 休んでいくかい?」


 肩で息をしているがわかったのだろう。

 気のいい言葉をかけてくれる。

 営野はなんとか明るい声で応える。


「い、いえ。大丈夫です。ところで、ここが【柏しょうなんゆめファーム】ですか?」


「おお。そうだぞ」


「入り口はどこなんでしょう?」


「それならこの先すぐだ。がんばれ!」


「ありがとうございます」


 ゴールが見えれば元気もでてくる。

 一気にペダルをこぐと、すぐに入り口を見つけることができた。


 少年ハートな乗り物でたどりついた、少年ハートな秘密基地を作る場所。

 それが今日のキャンプ地【柏しょうなんゆめファーム】。


 そしてここで彼は、また彼女に再会するのである。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――

※参考資料:話に出てきた物の写真等が見られます。

http://blog.guym.jp/2018/12/scd002-03.html

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