県立越谷中央高校・屋上

第三話「それなりに楽しい毎日。でも、キャンプへ行く」

 もし「どうしてキャンプを始めようと思ったの?」と聞かれたら、とまりは一言で説明する自信はなかった。


 そもそもから言えば、中学二年生の時に書いたウェブ小説が書籍化されて、大当たりしてしまったことから始まる。

 その後に書いた小説も人気がでて、どんどん書籍化されてアニメ化までされた。

 一見、キャンプと関係なさそうな話だが、大いに関係がある。

 それこそが「休日は家にいたくない状態」になった始まりだったからだ。


 ただこの際、「家にいたくなくなった理由」は、どうでもいいだろう。

 ともかく休日は家から逃げだし、図書館で小説を書くようになっていたということが大切だ。


 図書館は、非常に執筆に向いていた。

 集中できるし、資料もたくさんある。

 しかし、いられる時間が短いという欠点があった。

 それから最近、よく見かけるご老人から声をかけられるようになったのだ。

 しかも話の内容は、興味のない世間話だったり、自分の愚痴だったり。

 一人になりたいのに、一人になれない。

 結局、図書館も安住の地には至らなかった。


 土日のような連休なら、家に帰らず一人になりたい。

 だが、なかなかそういう場は学生にはない。

 高校生になってから漫画喫茶なども試したが、なんともその圧迫感が合わなかった。

 ホテル通いも考えたが、未成年ではやりにくい。

 それに密室では、刺激が足らない。


 刺激があり、すぐに一人になれる環境。


 我がままに聞こえるが、刺激がないと新しいアイデアも浮かばないし、せっかく浮かんでも一人にならないとまとまらない。

 たまにはどこかに出かけるか?



 ――そう考え始めた時だった。



 まるで漫画に出てくるような、頭脳明晰でスポーツ万能の美少年幼馴染が、「アウトドアっていいね」と呟いたせいで、クラスの女子がアウトドアの話題で盛りあがり始めた。



 テレビでかわいい女の子たちがキャンプをするアニメをやっていて、時間が合う時に見ていたのだが、それがすごく面白かった。



 父親のお古のバイクが、正式に自分のものとなった。



 たまに買っている雑誌で、秋のキャンプ特集をやっていた。



 近所のディスカウントショップで、小型テントが閉店セールでバカみたいに安く売っていた。



 どれも理由としては微々たる事だった。

 ただそれらが重なり、なんとなく誰かに「キャンプデビューでもしたら?」と言われている気分になったのだ。


(キャンプ場で一人静かに執筆する……おお。なんかいいな、それ)


 そう思った時には、安売りしていたテントと、最低限のキャンプ用品を買っていた。

 今まで特にお金を使う理由もなく、家に入れる分以外は貯金していたので資金はある。

 それに、これも仕事の一環だと考えた。

 必要経費である。

 いろいろなところを取材すれば、新作の肥料こやしになるかもしれない。




「……というわけで、今週末の連休に試しにキャンプへ行ってくる」


 昼休みの屋上。

 まだ少し暑いが、そこでいつも通り、泊は友人二人とランチをとっていた。

 敷物の上に座り、学食で買ってきたサンドイッチの封を開ける。

 この「ふんわり炒り卵のサンドイッチ」は、彼女のお気にいりだ。

 宣言は終わったので、それをパクッと口にくわえる。

 口の中に、まろやかな甘さがひろがっていく。


「待て待て、待てよ♪ 止まれよ、とまりん♪」


 だが、それを邪魔したのは、横に立っていた【入谷いりたに あきら】だった。

 彼女は健康的な褐色の肌の上に飾られた、クリクリとした両目を見開いて、こちらを見下ろしている。

 そんな晶に、泊は眉を顰める。


「人の名前をラップ調にすな……」


「とまりんが平坦な喋り方するので、こっちはバランスをとってリズミカルにしてみました」


「バランスってなんのバランスだよ……」


「そんなことより、一人で行くんか?」


「他に誰と行けと?」


「たとえば、空想の友人イマジナリーフレンドとか」


「おひ。なんでおまえは、友達に『現実に友達がいない可哀想な子』みたいなことを言えるんだ? 自分が友達としてつきあうとかいう話じゃないのか?」


「ほらオレさ、友達甲斐がないから!」


「ほむ。まったく同意だが、清々しく自分で言うな。……まあ、どっちにしても一人で行きたいんだ。目的は執筆だから」


「だけどさ、とまりんは、りょーりとかできないじゃん?」


 立ってパック牛乳を呑んでいた晶は、紺色の制服に包まれた細いながら引きしまった体を屈して、泊の顔に自分の顔を近づける。

 泊の真っ黒な長髪と対照的な、活発さを印象づける短い赤らんだ髪がフワッとゆれた。

 思わず泊は、顔をそらす。


「べ、べつに料理なんてできなくたって、途中でなんかおいしい物を見つけて買って行ってもいいし、近くに店があるなら食べに行くのもあり。だいたい料理に時間をかけてられないから、いざとなったらカップラーメンで十分」


「カップラーメン? でも――」


 晶が足を開いてしゃがみこむ。

 小柄な体が、カエルのようなポーズになる。


「――とまりん、お湯も沸かせないだろう?」


「沸かせるわ!」


「え? そんな異能力、もってたっけ?」


「なんで異能力で沸かすんだ……。ガスでも焚き火でも道具ぐらい使うし」


「おいおい。ガス缶なんて、触っただけで爆発させちゃうだろう?」


「ずいぶんと使いにくい異能力もちだな、わたし……」


 ツッコミをいれる泊の横から、すっと手が晶に伸びた。

 そして晶の開け広げられたスカートを閉じるように、上から押さえつける。


「もう、スカートの中が見えちゃいますよー」


 そうおっとりした口調で言ったのは、隣で自らの手作り弁当を食べていた【梅島うめしま はるか】だった。

 彼女はそのまま、真っ白な肌の指先で、晶のおでこを「めっ」と言いながら、まるでピアノの鍵盤を弾くように触れる。


「女の子がはしたないと何度も言っているでしょうー。……でもね、とまとまー。わたくしも心配なのよー……」


 そう言いながら、今度は泊の頬を指先で撫でるように触れる。

 その指の動きは、異様に艶めかしい。

 長身で、巨乳で、読者モデルもたまにやっているそのスタイルで迫られれば、たいていの男は落とされるだろう。

 しかし彼女が迫るのは、なぜか女の子ばかりだ。

 男は、適当に手玉に取るだけ。


 ちなみに高校に入って彼女と友達になると、すぐに泊も迫られた。

 最初のころは、その雰囲気に圧倒されたり、ゾワゾワした気持ちもわいたものだが、今では不思議と慣れてしまった。

 異様に顔を近づけてくる遙の仕草も、慣れてしまえばあまり抵抗がない。


「年頃の女の子がー、一人でキャンプなんて危ないわー……」


「はるはる……」


「クリクリと切れ長の間ぐらいの整ったきれいなお目々ー、程よい高さと大きさの愛らしい鼻ー、そして大きくもなく小さくもない艶やかな唇ー……こんなにかわいい、とまとまが一人でキャンプするなんてー……」


「いや待て。それ、特徴がないってディスってないか?」


「えー。そんなことないわー。ひどーい、褒めてるのにー」


 遙がカールした二つのポニーテールを激しく横に振る。

 一緒に胸も揺れている。

 泊もそこそこ大きいが、遙のは何度も見ても邪魔そうだと思ってしまう。


「本当にかわいいと思っているのよー。だからねー、こんなにかわいい、かわいい、わたくしの・・・・・とまとまにー、あーんなことや、こーんなことがあったらと想像するとー……想像すると……うふふふふふー……」


「悦ぶなよ。想像するなよ。そもそもわたしは、おまえのじゃない」


「あー、そうだー。とまとまのこと心配だからー、ストーキングしていい?」


「いいわけあるか……」


「えー。せっかくいい暇つぶしができると思ったのにー」


「心配だからじゃないのかよ。ネタバレはえーな……」


 横で晶が「にゃはは」と笑う。


「ホント、遙は気持ち悪いよなぁ?」


「あらー。はっきりとー、失礼なこといわないでくださいねー、あきあき」


「その呼び方やめろよ!」


「ほむ。確かに気持ち悪いなんて、はるはるに失礼だぞ、


「おおおいっ! 今、別の意味でいっただろう、とまりん! だいたいなんで『はるはる』とか『とまとま』とか言いだしてんだよ! 前みたいに普通に呼べよ」


「だってー、なんかかわいいしー? もう自分が『あきあき』でかわいくないからってー」


「かわいくないって承知で呼んでたんかーい!」


「あーもー。かわいくないのが気にいらないのねー? なら、『あきら』だからー……『きらきら』とかどうー?」


「キラキラネームみたいじゃん! ふつうに晶って呼べよな!」


「あははは……」



 いつもと同じような会話。

 笑いのある、変わらぬ毎日。

 これはこれで、好きな風景。

 だが、足らない。

 だから泊は、変化を求めて土曜の朝、荷物を載せてバイクにまたがったのである。

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