道の駅・はなぞの
第四話「まだランチタイムじゃない。でも、食べる」
バイクで高速道路をこんなに走ったのは初めてだ。
全行程二時間ぐらい。
それなら余裕余裕とか思っていた自分の甘さに、泊は少し後悔する。
でもたぶん、慣れれば大したこともないかもしれない。
なにしろ自分は、一六才の若々しく、スタイリッシュな肉体の持ち主だ。
多少、二の腕の下とか、横っ腹とか気になる気がするけど気にしない。
あくまでスタイリッシュでエネルギッシュ。
(そうそう。魅惑のボディは、多少のインドア生活でもたるんでいない……はず)
それに我が相棒もがんばっている。
二つ目のヘッドライトが可愛いバイク、ホンダのPS二五〇。
一人乗りの時は、タンデムシートを立てることで背もたれになる優れもの。
そしてそこにはたっぷりの荷物が載る。
シート高も低目だし、姿勢も前かがみにならずに楽に乗れる。
そして何と言っても、少し角ばったシルエットに、パイプのようなフレームが丸見えの武骨なデザイン。
ワイルドさを表すモスグリーンのボディカラーも伴って、この計画にマッチしているではないか。
このかわいい相棒となら、まだまだ頑張れる。
(まあ、相棒と言っても、父さんのバイクをもらっただけだけど……。それに好み的にはオレンジにしたいなぁ)
ただもらう前から泊は、近所に買い物へ行くときによく借りていた。
そして父親は、もうほぼ乗っていなかった。
だから、相棒と言っても過言ではないはずだ。
(おっ。花園だ……)
長々と走ってきた関越自動車道も終わりが見えた。
左によって出口に向かう。
土曜日早朝。
連休初日ということで、さすがに交通量が多かったが、天気がよかったのはありがたかった。
適度に雲が泳いで日差しを防いでくれる、ほどよい空模様である。
(はっきり言うと「曇り」だが……そう言うと残念な感じがするから、これは「ツーリング日和」に決定だ)
まだ九月の半ばだから晴天だと暑くなり、フルフェイスのヘルメットから逃がしている長髪の付け根が、汗で蒸れて大変なことになる。
だから、このぐらいの曇り空の方が走っていて気持ちよい。
ただ、速度を出せるのもここまでだ。
料金所でETCのポーンという「金を奪ってやったぜ、エヘヘ」という声が聞こえる。
こんな時のために作っておいたETCカード。
あとで請求が来るのかと思うと少し怖い。
いくら稼いでいると言っても、請求が来るのは嬉しくない。
(カード払いは嫌いだが……ETCは便利だ)
料金所の先は、わりと普通の街並みだった。
都内のように高い建物はないが、「田舎!」というほどの雰囲気はない。
よくみるコンビニやチェーン店なども並んでいる。
それでもやはり空が広く見える、日常とは違う風景。
(とりあえず、トイレ休憩するぞ……)
花園料金所を出てそのまままっすぐ行くと、右手に見える【道の駅・はなぞの】。
当初の予定通り、旅行の第一経由地。
そこにまずは寄ってみることにする。
(ほむ……でけーな、おい……)
【道の駅・はなぞの】
https://www.michinoeki-hanazono.jp/
道の駅は、全国にある長距離ドライブしてきた人たちが休んだり、地元の活性化のために地元の特産品を売っていたりする、いわば観光名所の一種である。
泊も何か所か行ったことがあったが、ここは少し珍しい気がする。
泊が知っているところは、お土産、特産物が売っている店や食事ができる店が入っている建物と、地産の農作物直売所がセットで道の駅になっていた。
しかし、ここには直売所が入っていない。
その代わり、隣の敷地にJAの農産物直売所が存在していた。
しかも、道の駅の建物よりもかなりでかい。
さらにその建物の横には、JA花園直営の食堂まで存在した。
(反対側には公園もあるのか。本館の前ではイベント? うーん……のんびりしてみたいが……早めにつかないといけないしなぁ)
とりあえずトイレをさっさとすませて、本館を覗いてみることにする。
建物は、なかなかかわいらしいデザインをしていた。
白い三角の屋根にテラス席がある造りは、どこか異国情緒を感じさせてくれる。
(ジェラート……ねぎらい? なんですか、それは……)
ふと、本館前にあったジェラート屋を見つける。
トレーラーハウスを利用した店だが、そこには謎のメニューが存在した。
それは【ネギライチーズ】ジェラート。
説明を読むと、地元深谷産のお米とネギを使った焼酎「ねぎらい」とゴーダチーズをブレンドしたジェラートらしい。
さらに横には、【アカシアの蜂蜜とクルミ】ジェラート。
こちらは、花園養蜂場の蜂蜜【あかしあ】とクルミをブレンドしたものだという。
(ほむ。ネギライ……わたしのチャレンジャー魂を刺激する。でも、好み的には蜂蜜……いやいや、ダメだ。ここで間食してはいけないぞ)
そうだ。ここで食事する予定ではない。
後ろ髪を引かれるどころか、前髪まで引かれそうになりながらも、泊は渦巻く欲望に打ち勝ち、本館の中に向かう。
中に入ると、そこはすぐに売店である。
(秩父ワイン……秩父プリン……秩父メープルシロップ……もう秩父の物もあるのか)
どうやら、【R・一四〇ショップ】という名前で、国道一四〇号沿いに並ぶ秩父、長瀞の名産品などを売っているらしい。
そして手前には深谷ネギを使った味噌やタレ、深谷の地酒などを販売する、【ふかやセレクト】というコーナーもあった。
(ほむ。二階もあるのか……)
螺旋階段を上ると、そこにはイートインもできるおいしそうなパン屋と、深谷のゆるキャラである【ふっかちゃん】のミュージアムが存在した。
(鹿……いや、頭の角は深谷ネギか……。かわいいけど、ネギくさかったらやだな……ふっかちゃん)
他にも祭りに使われる屋台なども展示してあるが、すでに泊の心にはあまり響かない。
朝もかるくしか食べていなかったせいで、先ほどからずっとしている、パン屋からのいい香りに食欲をそそられまくっているからだ。
こうなれば、ここで食べないとしても、なにか一つぐらい買ってキャンプ場で食べてみたい。
(ワインが目につくが……お酒は
目についたのは、【黒胡椒にんにく】という、細い三角フラスコみたいな入れ物に入った調味料だった。
(これ、ぜんぜん別の道の駅でも見たことがあったけど……どこにでもある? まあ、これをカップラーメンにでも入れるか)
普段なら甘いものでも買っていくところなのに、なぜか調味料を選んでしまう。
しかも、他の場所でも売っているなら、わざわざここで買う必要もないはずだ。
しかし不思議だが、こういうところに来ると、ついつい普段買わないものを買いたくなる。
ノリで木刀とか買って、あとで後悔するあのパターンだ。
ただし木刀と違い、胡椒なら少なくとも利用価値がある。
困ることも少ないだろうと、泊は自分を納得させる。
時計を見ると、一〇時半ぐらい。
ここから次の道の駅に行き、そこで食事をとる。
そして、キャンプ場に向かう。
チェックインは一三時だから、今のところは予定通りだ。
(よしよし。会計して……ん?)
レジに行くと、カウンター台の上には保温器が立っていた。
泊の視線は、そこに貼ってあるポップに吸いこまれる。
(ほむ。テレビで紹介? 花園黒豚のメンチカツ……だと……)
保温器に入っていたのは、メンチカツやコロッケだった。
きれいなきつね色に揚げられて、見ているだけでサクサクパリパリという音が聞こえそうな気がしてくる。
それが、たっぷりと並べられていた。
(待つのだ……待つのだ、泊。おまえは次の道の駅で、カツカレーを食べる予定だろう……)
そう。泊はあらかじめ調べていたのだ。
次の道の駅に、なかなかおいしそうな料理があると。
だから、昼食はそこで食べると決めていた。
(ジェラートにも打ち勝ったのに……なのに……まさかこんな伏兵がまだいるとは……。さすが肉……肉は強いぞ……。逃げるべきか、戦うべきか……戦った時の
泊とて、さほど大食いというわけではない。
食事量は人並みだ。
ここで食べたら、次の食事が食べきれないかもしれない。
(だが、この場は逃げたとして……もし、後でその戦略的撤退がミスだと判明したら……あのメンチカツが
「あの……お客さん?」
レジの少し前で、苦渋に満ちたような顔で立ち尽くしていた泊を心配したのだろう。
カウンター奥にいた、母親と同じぐらいの女性が心配そうに泊を見ていた。
「どうかしました? 大丈夫ですか? お会計なさりますか?」
「だ……大丈夫……大丈夫……大丈夫と言ってください!」
「――はいっ!?」
エプロン姿の店員に、泊は迫っていく。
「お願いです。わたしに大丈夫だよと……一言……」
「だ、大丈夫よ……?」
「ありがとうございます! 食べられる気がしてきました! では、これと黒豚メンチカツを一つください! ええ、食べていきます!」
泊は結局、敗北した。
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※参考資料:話に出てきた物の写真等が見られます。
http://blog.guym.jp/2018/12/scd001-04.html
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