Reencounter
永劫とも思えるほどに長い道。
それはルカにしか目にすることが出来ず、周りには何も存在しない。
あの日。
一本の矢に倒れた瞬間から、彼女の目の前に生まれた道。
暗く冷たいその道を、ルカはずっと歩き続けている。休む事も許されぬまま。
今日も、明日も、明後日も。
明けない夜がないように、ルカの道もなくならない。
求め続ける限りは。
――呪いから解放されない限りは。
「……さん」
「……カお姉さま?」
「…………」
何度か名を繰り返され、ようやく自分が呼ばれているということに気がついたルカは、軽く瞬きをした。
「ああ、すみません皆さん。少し、眩暈がしたもので」
そう言いながら、こめかみを押さえる。呆けていた言い訳だったのだが、実際少しだけ目の前が眩んだ。
薄浅葱のテーブルクロス、芳しいのはアレンジされた薔薇の花籠。それを囲むようにスコーンやクッキーが並んでいる。
ここは学園内のカフェテラスであり、現在は上級生が主催のお茶会の最中だ。
どうやら、短い時間内で白昼夢を見ていたらしい。
「ルカさん、大丈夫?」
「はい。ご心配お掛けしてすみませ……」
心配そうに声をかけてくるのはサオリだ。その彼女に笑いかけるために顔を上げたルカが、視界の端に留めた存在に言葉を止めた。
「――――」
まるでレースが揺れるかのような可憐さで、その髪は風と戯れる。
淡いピンクの色合い。
かつてこの土地に存在していた緑をそのまま映したかのような、鮮やかな緑の瞳。
脳裏を過ぎる、過去の映像。そして、溢れる思慕。
「……リリー……」
「は、はいっ」
思わず立ち上がりかけたことに、本人は気が付いているのだろうか。
ルカとは真正面に当たる位置で座している少女に向かい、ぽつりと懐かしき名を溢す。
すると見つめられていた少女が驚いたようにして、上ずった言葉を返した。
「ルカさん、リリさんをご存知でしたの?」
僅かに柳眉を動かしたサオリが、ルカに声をかける。自分以外に興味をもたれた事に、軽い嫉妬心でも抱いたのだろうか。
「……ああ、いえ。すみません。見慣れない方がいらっしゃるものでしたから」
「そうですか。こちらのリリさんは、今回のお茶会が初めての参加なのです。先日、転校してきたばかりですのよ。……リリさん」
「あ、はい。……ええと、リリと申します。その、宜しくお願いいたします」
サオリが軽く少女を紹介し、そして自己紹介を促す。
すると緊張した面持ちのリリと呼ばれた少女がゆっくりと立ち上がり、頭を下げた。
「そう、転校生でしたか。……私はルカ。宜しく、リリ」
ルカが満面の微笑みでリリへと語りかけると、周りの少女たちが軽くざわめく。
初対面の少女に対して、ルカが名を呼び捨てにすることなど、今までに無かったからだ。
サオリも例外なく、小さく震えていた。
「サオリ姫、どうされました?」
「えっ……い、いいえ。なんでもありませんのよ、ルカさん」
少女たちの僅かな変化に、最初に気が付いたのはルカ本人だった。
昔から、空気を読むのは得意なのだ。体に染み付いた癖とも言うが。
「顔色が少し……優れませんね。綺麗な白磁の肌が、こんなにも」
「……!!」
ルカの右手が、サオリの頬を擽る。
すると周囲の空気が、一変した。
「だ、大丈夫ですわ。……ほら、ユキさん、ルカさんのお茶がなくなっていてよ!」
「は、はいっ すみません……!」
サオリの頬は、熱かった。それを感じ取れたのは触れているルカのみであったが。
そして一瞬我を忘れかけていたサオリが、慌てて他の少女にお茶のおかわりを指示する。
そうすることで、周りの少女たちも自分たちのペースを取り戻し、いつもどおりの情景へと戻っていく。
場を納めたルカは、ちらりとリリのほうへと視線をやり、小さく笑った。
リリもそんなルカに対して、ふわりと微笑みを返してくれる。
「……悪くないね」
テーブルに肘をつき、口元を手で隠しながらの言葉。
ルカの心の中は、喜びに満ち溢れていた。遠からず出会いがあるとは感じていたが、こんなにも早くその機会が訪れようとは。
だが、そんな歓喜の感情も、瞬時に曇り始める。
「………………」
押し寄せる幸福感の裏側に潜む、闇。
それを直後に感じ取ったルカは、静かに瞳を閉じた。
浮ついた心ではいけない。
目先の喜びだけでは、何も変わらない。
心の中で己に言い聞かせるかのようにして、何度も言葉を繰り返す。
時間に流されるな。
己をしっかり持て。
「……出会いを無駄にするな……」
再び、口元を隠したままでの言葉の吐露。
誓いにも似たそれを耳にしたものは、他に誰もいない。
だからルカは、普段どおりの態度でやり過ごす。
その後、和やかな空気の中で続けられたお茶会は、小一時間ほどの談笑のあと、終了した。
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