第42話 世間の目
「わりぃ……連絡したとおり遅れた」
「てめぇ‼︎」
次の日、最後の追い込みとして放課後の平日練習。優衣はバイクで来る途中、渋滞で思うようにスピードが出せないせいで少し遅れてしまった。
なんとか練習場所に辿り着いたのはいいものの、いきなりヴィーナスこと宝崎桜に顔面に一発お見舞いされた。
「って……何すんだいきなり! 遅刻で殴られるまでのことをされねぇといけねぇのか‼︎ 連絡もしただろ‼︎」
「ちげぇよ! んなもんどうだっていいっつの! 私が怒ってんのはさ、なに男と撮られてるのかってことだよ!」
「……はぁ⁉︎」
急いで確認するために見せてもらったのは、とあるネットニュース。確かに優衣が男と一緒にいるとこを撮られたものだった。だが、これは昨朝コンビニで立ち話をしている兄妹の写真でしかない。男とは彗司のことだ。
「これ、兄貴だよ」
「え?」
一から説明すると、メンバー皆納得した。
「なんだ、そうだったのか〜」
「まぁ、姉御がこんなヘマしないもんねー」
「もっと上手くやるよな」
「やんねぇよ。てか、おい桜。早とちりで誰の顔を殴ってんだ?」
「す、すみません‼︎」
アイドルの顔は命。傷が付けばアイドル生命を絶たれるが、そこは優衣。傷一つ付いてなかった。
「傷もついてねーし、別に私はお前をこんなことで殴らねぇ」
「姉御……!」
「ただ、蹴る」
「うっ‼︎」
優衣、土下座して謝る宝崎が顔を上げた瞬間に腹を蹴る。ヴィーナスはヘソ出ししているキャラではないので、問題はない。…………いや、問題あるけども。
「へへっ、さすが姉御。アイドルになっても殺人キックは健在だな」
なんだか喜んでいるし、彼女もまた強い体の持ち主なので痣などは残らない。
「けど姉御。私たちは納得出来るけども、ファンのみんなは納得してくれるだろうか」
「ん? そんなのツッタカターでほんとのこと言えばいいんじゃないのか?」
「そう上手くいかないよー、姉御。SNSにいる奴らにとって真実とかどうでもいいんだよ。面白い方に尾ひれを付けて、いいねが欲しくて適当なことを言ってドンドン拡散していくんだよ」
インヌタグラマーである伏見凛はそう言った。彼女はSNSを活用して新規ファンを獲得しようと努力している分、そういう輩はいくらでも見てきていた。
「ほら、この件も既にリツイートめっちゃされてる。リプも酷いこと言ってるし、絶対私たちのこと妬んでる奴とかアンチがいくつもアカウント使って呟いてんだよ」
『やっぱ地下アイドルに男は付きものか笑』『アースちゃん信じてたのになー、ガックシ』『謝罪会見求む』『知らないので、どうでもいいです』『もう二度とライブ行きません』『誰? こいつ?』『これはもう脱退だな』『みんな地下アイドルに夢見すぎ。男とかいるに決まってんだろwww』
……などなど。リプ欄では様々なことが呟かられていた。また優衣を擁護するようなアカウントも現れて、記事のリプ欄ではプチ炎上状態。地下アイドルにしてはリツイート数もかなり伸びていた。
「どうします? 今週末にはテレビ収録もあるのに……」
「ふん。こんなの構ってられるか。私は変わらずアイドルとして続ける。応援してくれるファンもちゃんと分かってもらえるはずだ。気にせず収録に向けてさっさと練習するぞ」
「ダメよ。あなたは出られない」
部屋に入ってきたのはプロデューサーだ。今日の練習は本来、来る予定はなかったが、この記事が出たことで急遽訪れたようだ。
「は? どういうことだよ」
「分かるでしょ? アイドルにスキャンダルは付き物。たとえそれが真実でなくても噂が立つだけでイメージの問題にかかるのよ」
「でも、こいつただの兄貴だから!」
「そうね。私も彼のことは知っているわ。記事にした記者や会社にはちゃんと名誉毀損として訴えないとね。でも、たとえ私たちが公式に否定しても、誤った情報でしたとメディアが謝ろうとも、一度撒かれたネタは止まらない。世間はこう思うでしょうね。火のないところに煙は立たないって。きっと来週中には話題も落ち着いているから、今週の収録は体調不良で休むことにしときましょ。しつこいファンや週刊誌から逃れるためにホテルでも借りようかしら」
「ちょっと待てって! 絶対に私は休んだりなんかはしない。収録は、テレビは……! 私たちが頂点に登り詰めるために必要なことだ! だから絶対に私は休まない。今すぐにでも、こんなデタラメな記者書いたやつ探し出してぶん殴ってやる‼︎」
「それこそスキャンダルでしょ‼︎」
「あのぉ、プロデューサー」
スペース9マネージャーである黒内がそーっと手をあげた。
「体調不良で休みというのは、逆に疑惑を深めるんじゃないでしょうかね。ここは、いっそ何事もなく出てしまった方がいいんじゃないでしょうか?」
「そう! それだよマネージャー! 私もそう思ってた!」
絶対そんなことは思ってないが、優衣は全力で乗っかった。他のメンバーもリーダーがいないとスペース9として成り立たない、という強い一点張りで優衣も出演することを強く望んだ。
「もう分かったわよ。しばらく様子見てまた考えましょ」
「よし!」
「だから、くれぐれも記者を見つけ出してぶん殴るなんてようなこれ以上のスキャンダルなことは起こさないでよね?」
「分かってるって」
一時はどうにかなった。しかし、これだけでは終わらなかった。
数日後、テレビ収録前日。彼女たちはいつも通りバイクで練習に来ていた。弥生も加えた九人で本番さながらの練習を行なった。少しトークもあるらしいから、みんなそれぞれの鉄板ネタを用意しておく。もちろん、キャラを崩さない程度のものをだ。
弥生のキャラも決まった。恥ずかしがり屋で頑張り屋。いそうでメンバーにはいなかった弥生本来のキャラそのまま活かすことになった。
「お前は多分そのままの方が受けいいだろ」
とのこと。リアルとキャラが初めて完全一致するメンバーの誕生だった。
みんな本気だ。メンバーもスタッフ陣も最後の最後まで死力を尽くした。弥生もここまで本気になれた三週間は初めてだったかもしれない。
明日でスペース9の人生が変わる、かもしれない。夢見続けた約二年の想い。だからこそそんな人達の支えになりたいと弥生は努力した。
「──おっけぇ‼︎ 完璧よ! みんな最高に可愛くて熱いわ! 弥生ちゃんもとってもアイドルアイドルしていたわよ〜!」
「ほ、ほんとですか……⁉︎」
「あぁ、お前はもう立派な私たちの仲間だ。弥生」
「ゆ、優衣さん……!」
「おい、まだ泣くのは早いぞ」
互いに息切らしながら、優衣は弥生の肩を組んだ。なんだか泣いてしまいそうになったが堪える。
「明日は朝早くからリハーサルだから。今日はここで解散にしましょ。みんな遅れないようにね!」
「じゃ、最後にあれしてから解散にするか」
「あれ……?」
優衣は弥生の肩を組んだまま、メンバーとそれにその場にいるスタッフ陣で円陣を組む。
「気合入れだよ。明日はスケジュール的に出来ないかもしれないし、スタッフみんなでは出来ないだろうからな。私たちはライブ前、いつも全員でやってんだ。だから弥生もな」
「は、はい……! えっと、何を言うんですか?」
「ノリで合わせろ!」
「えぇ⁉︎」
「スペ〜ス!」
「「「ナイン! キラ! リン!」」」
「……リン……!」
キラ! の合図で円陣は解消され、リン! で目元にピースのベロ出ししていた。弥生は当然遅れる。
「ははっ! 次は合わせろよ!」
「は、はい……! 練習します!」
その後、スタッフはまだ残っている小さな仕事を片付け、メンバーはみんなでバイクを停めている駐車場へと向かった。
「お前電車か?」
「はい、そうですよ」
「奈良方面だよな。そっちは今住んでるやつにいないから、本当は送ってあげたいんだが……」
「いえいえ、大丈夫ですよ! 私、電車好きですから!」
──彗司さん家まで乗せてもらった時、バイク二人乗りするの怖かったんだよなぁ……。って言えないですよね……。
優衣のバイクは厳つく、ブイブイ飛ばすし(法定速度ギリギリレベルだが)、さらにあの時は優衣に彗司について問い詰められた時だったので、初めての二人乗りバイクはしれっとトラウマにはなっていた。
だが、その駐車場に停めていた優衣のバイクは無様に壊されていた。
「……は?」
最初は理解出来なかった。誰が見ても人為的な仕業であることはすぐに分かった。どうやら優衣のバイクだけが車上荒らしにあったようだ。
「姉御のバイクを! 一体どこのどいつが!」
「さっさと見つけ出して拷問しようよ!」
「やめとけ。別に運が悪かっただけだ。薫、今日途中まで乗せてってくれ。電車賃ねぇんだ」
「分かったよ」
さすがにイライラは隠せていないが、冷静に対処した。
「こういう時って、JAFに連絡すんの?」
「いや、警察では?」
そこに優衣のもとに電話が掛かってきた。出てみるとマネージャーの黒内が何やら慌てた様子で話していた。
「た、大変だ……‼︎」
「なんだよ、うるせぇな。こっちは今それどころじゃねぇんだよ」
「た、大変なんだよ! 今、一人じゃないよね⁉︎ みんなちゃんといるよね⁉︎」
「お、おう……いるけどさ、なに?」
「優衣、君に殺害予告が出ている……‼︎」
そして、物語は収録当日へと向かった。
ネカマはマジで許さない 杜侍音 @nekousagi
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