第30話 六等星


「そういや見たんすけど、何で女装してたんすか?」

「そこまで見てたのかよ」

「まぁ、付けてたんすよ」


 梅田からやっぱりストーカーしていたのか。てか、ギリギリまで気付かなかったことを考えると隠密能力高いな。バレた時のごまかし下手くそだけど。


「何で女装してライブ行ってたんすか?」


 俺と弥生は目を見合わせる。

 これ以上しつこく聞かれるのも面倒なので、仕方なく正直に──


「何でなんすか? 趣味ですか? あ、もしかしてプロのコスプレイヤーとかですか!?」

「しつけぇ! 喋るよ!」


   ◇ ◇ ◇


「──えぇ!? ネカマを狩るために女装!?」

「そう。女の振りした男に俺たちは復讐してんだよ」

「へー。え、女装する意味あります?」

「いや、女装するのも……あれ、何でだ」

「相手を騙すためですよ……!」


 弥生がサポートをしてくれる。


「そ、そうだ、ちゃんと復讐を果たしきるために一回女として会って相手を油断させるんだよ」

「へー、そうなんすね」


 あんだけ質問してきたのに、興味なしか!



「あ、ネカマに復讐って言ってましたよね。それってツッタカターにいるやつも対象ですか?」

「ああ。今日はそれで実行してたんだ。……まぁ、なんやかんや色々あってライブになったんだけど……」

「そうっすかー。じゃあ、もしかしたらこいつも狩る対象になるんすかね」

「ん?」


 一ノ瀬は自分の携帯を取り出してツッタカターのアカウントを俺たちに見せる。もちろん、トプ画も携帯カバーも全てが俺の妹で覆われていた。ちょっと恥ずかしい。


「実はですね、今ファンの間で迷惑行為をする奴がいるって話題なんすよ。こいつっす」


 見せられたアカウントは、トプ画が自撮りの女の子。顔は隠している。プロフィール欄も女の子だとする表記がされていた。


「パッと見、女の子なんすけど、こいつのツイート見てください」


 普段のツイートは女の子だと思わせるような写真をあげたり、顔隠しの自撮りをあげるものであった。

 それに加え、何かのコメントに対するリプがある。相手は全てアイドルのアカウントだった。


「『いつになったら辞めるの?』『歌下手くそ』『ブス』『顔よりおっぱい見せろよ』──なんだよこいつ」

「言動的に男だとは思うんすよね。基本的に捨て垢だとは思うっす。こいつはアイドルに暴言ばっか吐いて、つい最近スペース9から一人脱退したんすけど、それもこいつのせいじゃないかって噂されてるんすよ」

「こんなの酷いです。顔を隠してるからってなんでも好きなことを言うなんて……」

「──優衣に対するリプもあるのか」


『胸が小さい』とか、『声が低い』とか。そんな身体的特徴を貶すのもあったが、中には『自宅をバラされたくなければ、大人しく言うことを聞け』というプライバシーを侵害するのもあった。



「彗司さん、この人狩りましょう!」

「自分も出来る限りお手伝いするっすよ」

「そうだな。よぉし、妹を守るためにこのネカマの正体を狩るぞ!」

「「おー!」」


「一ノ瀬、何かこいつに心当たりあるか?」

「ふっふっふっ、任せてくださいっす! 実は自分、この件については冥王星のプルートちゃんが脱退してからずっと追ってたっす」


 スペース9で脱退したのは冥王星の枠だった人。くしくも、太陽系の惑星と同じ末路を辿ったようだ。


「プルートちゃんをはじめ、数多くのアイドルが暴言被害に遭っているっす」

「スペース9以外でもか?」

「そうっすね。でも全員地下アイドルっす」

「もしかして、このネカマは地下アイドルだったらそう明るみに出ないと思っているんですかね……」


 弥生がそう推測した。確かにその可能性は十分に高い。やましいことをする時は誰だって、目立たないようにするはずだ。世間から認知されているアイドルレベルになると、普通のアンチとして流されるだろうし、地下アイドルであればすぐに出会えるということから、そばで見ているかもしれないという恐怖もある。


「それにっすね。ストーカー被害も出てるみたいですね。背の低い小太りの奴がアイドルの家の周りをうろついてるとの目撃情報が」

「実際に行動までしてるってことか」

「そうっす。自分も確かめようとアイドルの家の周りを確認してみました。けど、まだ姿は捉えてないんすよ」

「そうか……。ん?」

「どうしたっすか?」

「そいつって服装の特徴とかあるのか?」

「チェック柄のシャツを着てたとか着てないとか」

「それお前じゃね!?」


 言われた特徴がまさに今の一ノ瀬の姿であった。てか、昨日も色違いのチェック柄のシャツを着てたぞ。


「いやいやそんな訳が、ってほんとだぁぁ!? 自分はただみんなを見守ってただけなんすよ!?」

「ストーカーはみんな同じこと言うよ」

「推しに全てを貢いでも、推しからは何も求めないのが自分の美学なんすよ。そんなことするはずないじゃないですか!」

「知らねぇよ、お前の美学とか。じゃあ、ちなみに犯人に目星は付いてたりするのか?」

「付いてるっすよ」

「付いてんのかよ」

「こいつ暴言とか吐いてますけど、その内容がめちゃくちゃ詳しかったり、実際にライブに行かないと得られない情報があったりするんすよね。だからその辺のにわかじゃないと自分はそう思ってます。残念なことですが、六等星の中にいるかと」

「そういや、古参勢を六等星とかって言ってたな。どんな奴がいるんだ?」

「聞くならば答えましょう!」


 と、ノリノリで小さいホワイトボードを一ノ瀬は出した。どっから持ってきたんだよ。



「まずは、六等星のリーダー格“ボインボイン星人”」

「なんて!?」

「アカウント名っすよ。みんなはそう呼んでるっす」

「名前に変態味あって怪し過ぎるだろ」

「ボインボイン星人はオタクのリーダー的存在で、この人を中心に新しい曲に合わせてのコールを考えたり、オタク内の秩序を守ったりする人です。この人がいなきゃスペース9のファンは一致団結しなかったすよ」


 その男はパッと見、オタクに見えなさそうなヤンキーっぽい人らしい。リフトと呼ばれる騎馬戦の形を成す陣形の上によく立つ人らしく、今日のライブで見たような気はする。


「次に、スペース9の金融庁“マネー持ってるオ”」

「また、変わった名前の人ですね……」

「正直、アイドルより変な名前っすね」


 こいつも名前通り、とにかく金持ちでファン一金額を費やしているらしい。こういうお金をたくさん積み込む奴は大体逆恨みを持つから怪しそうだ。


「三人目は“完コピオジサン”」

「アカウント名は?」

「“完コピオジサン”っす」

「そのままかい」


 五十代後半らしいが、ドギツイアイドル衣装を自作し、それを着てライブ中壁際で踊っているらしい。振り付けは完璧らしいので、自他共に認める完コピオジサン。


「でも、そんな奴いたっけ?」

「昨日は風邪で休みらしいっすよ」

「あ、そう」


 六等星には六等星のトークグループがあるらしく、そこで逐一連絡を取って連携しているようだ。


 そして、四人目が“クリリンタンクトップ”。これは、周りがそう呼んでいるらしいので、アカウント名は不明らしい。

 こう呼ばれている理由はタンクトップ姿で、クリンとした鼻毛を触りながら話しかけてくるかららしい。


「俺も昨日話しかけられたな」

「プロデューサー気取ってるんすよ。自分が育てたとして新参者に話しかけるんすよねー。もちろん、全然そんなことないんすけど、この人音楽の才能は実際にありまして。一度聞いた楽曲をすぐさまネットで再現するっす」

「絶対音感の持ち主か」

「相対音感の持ち主でもあるんすよ。全員分のパートも書き分け出来て、綺麗なハモリを演出出来るんすよ」


 確かに、それだけの実力を持ってれば自信ありげに語りそうだ。


「五人目は“宇宙広報誌”っす。まぁ、宣伝っすね」


 スペース9の情報をブログやSNSで広めている。

 この名前はブログ名のタイトルであって、実はSNS上では有名なちょっとした漫画家。時々バズっており、フォロワー数が多く、得意の漫画で宣伝するから知らない人にも存在を知らしめるらしい。


「そして最後六人目が私っす。“元旦ハピバ@アース推し”っす」

「変な名前だな」

「元日に誕生日なんすよ」

「で、お前はどんな役割担ってんの?」

「自分は誰よりもスペース9のことが詳しいっすよ。ライブも全て行ってますし、SNSのちょっとした呟きも頭に入ってるっす。全メンバーの住所とか経歴とかも完璧に覚えてるんでねー。アイドル本人よりも知ってるといっても過言でないっすよ!」

「……なぁ」

「なんすか?」

「一番犯人に近いのお前じゃね!?」

「いやいやそんな訳が、ってほんとだぁぁ!?」


 こいつ……ほんとに信用していいのか!? 情報戦では一番頼りになるが、大丈夫なのだろうか。

 とにかく、犯罪臭プンプンのこの女を仲間に入れ、俺たちは二人目のネカマ狩りを開始したのだった。




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