第29話 後ろにいるお隣さん


「はいチー!」


 ライブ後、恒例らしいチェキ会が始まった。


「え、撮るの?」

「記念にと思いまして……」


 弥生は何故か二千円払って、俺の妹と写真を撮っていた。

 めちゃくちゃ笑顔の優衣と、ちょっと照れながらも嬉しそうな弥生。え、もしかしてハマってる?



「あらあら、あなたは撮らないの?」


 背後から話しかけてきたのは、ショッキングピンクのド派手な衣装を纏った、体毛が濃い、ゴリゴリの男。


「いえ……。もしかしてあなたも六等星とかですか?」

「六等星? ああ、古参ファンの子達ね。違うわよ〜、私はスペース9のプロデューサー。あなたの妹をスカウトした張本人よ」

「へー……え!?」


 妹つったよな、俺の妹って。こいつ俺のこと知ってる!?


「そんなに身構えないでよ。ワタシ、人を見る目だけはあるのよ。あなたが本当は男だってくらいすぐ分かったわよ」


 初めて女装が見抜かれた。家族すらギリギリ騙せたのに。やはり、分かる奴には分かるのか。


「あなたのことは、優衣ちゃんがアイドルになった頃ぐらいに写真で見さしてもらったことあるわ」

「優衣はいつアイドルになったんだ?」

「1年前の春よ。公園でたむろしてた所をスカウトしたのよ」


 てことは、俺が大学入学後に家出てから、すぐにアイドルになったわけか。てか、どんなとこでスカウト受けてるんだよ!


「それにしても、お兄さんだからといって女装して女の子の輪に入っちゃダメよ。ワタシの子達に触れるとはね〜」


 ミステリーサークルのところ見られてたのか……。


「もしかして、出禁とかすか……?」

「まぁ、今回は見なかったことにするわ。でも次同じことしたら当然出禁ね」


「彗司さん、お待たせしました……ってこの方は?」

「あら、ごめんなさいね。お友達を借りてたわ……あら、あなた可愛いわね。ねぇ、もし良かったら──」

「弥生、帰るぞ」

「え、あ、はい」

「ちょ、話だけでも! もう、逃げられちゃったわ」


 これ以上ここにいたらボロが出てしまいそうだった。優衣も近くにいることだし、とりあえず逃げた。

 優衣はチェキ会でファンの人たちと交流していたから、こちらを見てなさそうだが……あのプロデューサーが兄が来てたことを告げ口しなきゃいいんだが。


「てか、結構長い間話してたな」

「優衣さんと話すの凄く楽しかったんです……。また来たいです」


 俺の妹にハマりそうな弥生だった。






「──ん? あの子は……?」


 この時、あるファンが俺たちを見て、後を付けだしたのを俺たちは知る由もない。



   ◇ ◇ ◇



「え? お隣さん?」

「はい、私一回目のミステリーサークルの時に隣の方がお隣さんだったんです」

「文章ややこしいな」


 二回目のミステリーサークル前に言おうとしてた内容が、これだったらしい。

 まぁ、一回会っただけだが、あの風体だしな。確かにアイドルとか好きそうでブヒブヒ言ってそう。

 って、そんな奴と事故チューしたんだよなぁ……。最初は俺ってもしかしてストーカーされてんのかなとか思った自己中な自分を恥じたい。


「そういや弥生、家に帰れるのか? 荷物持ってこずに梅田来たから俺ん家に帰るの二度手間だよな」

「あー……だったら、もう一泊します」

「え、学校は!?」

「大丈夫ですよ、一日くらい」

「いや出席ヤバいんじゃねぇの!?」


 弥生も意外と不良娘かもしれない。母親に連絡しても『いいわよ〜』の返事。あなたの娘さんガード緩すぎですよ。

 ちなみに女装は男女共用トイレにてササッと解除した。


「ん?」


 ふと、後ろから視線を感じた。見るとお隣さん。

 もう正体は分かってるから別に何とも思ってなかったのだが、あからさまに俺が見たのと同時に目線を逸らした。


「んん……?」

「彗司さん、どうしました?」

「いや、後ろにお隣さんがいるんだけどさ」

「お隣さんですから後ろにいますよ。帰り道一緒じゃないですか」

「いや、そうなんだけど。ちょっと様子おかしいというか」

「気のせいじゃないですか?」

「いや、俺も自意識過剰だと思うよ? でもな……ちょっとコンビニ行ってみるか」


 お隣さんの様子を探るべく、アパートの隣のコンビニに入ることにした。ついでに飯でも買っておく。



「……」

「……」

「めっちゃ外から見てんだけど!」

「見てますね……」

「真っ直ぐこっち見てるよ。目見開いてるよ。焦点合ってんのあれ?」


 買い物済ませてコンビニ出ると、お隣さんも動き始める。

 アパートの階段で昨夜とは違い、俺らが先に上っていく所で、


「あの!」


 と、声をかけられた。

 急に来たものだから、驚いて階段から落ちるところだった。再発事故は防げた。


「さっきのライブにいたっすよね!? スペース9の!」

「あー……はい」

「ファンなんすか!?」

「まぁ、そんなとこ?」


 そう答えると、お隣さんはパーっとした表情を浮かべた。


「マジっすか! いやー、まさかお隣さんがスペース9のファンだなんて!」


 こっちのセリフだよ。


「どうすか! これから宇宙会議でも!」

「う、宇宙会議?」

「宇宙会議っすよ! スペース9のライブ後にファンが集まって語り合う会のことっすよ〜。あ、もしかしてまだ侵略されたてっすか?」

「いや、知らんけど」

「だったらもっと教えますよ! うち来てくださいよ!」

「え? ちょ!?」


 お隣さんは俺の腕を引き、部屋に連れ込む。


「け、彗司さん!?」


 そんな俺を追いかけて、弥生もお隣さんの家にお邪魔するのだった。


   ◇ ◇ ◇


「ちょっと待ってくださいっす。今すぐお茶入れるんで」

「「お構いなく……」」


 入れられた部屋の壁、天井全面にスペース9のポスターやグッズがビッシリ貼られていた。しかも、ほとんどが優衣のグッズであった。

 隣の部屋がこんなにも妹で溢れていたなんて……。


「どうぞ、粗茶っす」


 大量の妹に見られながら、お茶をすする日が来るなんて……。


「自己紹介まだっすよね。自分の名前は一ノ瀬睦いちのせ むつみっす。成須磨大学の1年っす」


 あ、後輩なんだ。


「お二人は?」

「あぁ、俺の名前は如月彗司。んで、こっちが」

「雛松や──」

「えぇ!? 如月!?」

「えぇ!? 急に何!?」


 一ノ瀬は俺の名前を聞くと、急に飛び上がった。


「も、もしかしてユイちゃんの、如月優衣のお兄さんすか……?」

「ま、まぁ……」

「うぉぉぉぉおおおお!!!」

「うるせぇ!」


 一ノ瀬はここがライブ会場っかって言うぐらい、叫んだ。近所迷惑だろ。それに弥生がまだ名乗り切れずに黙っちゃったよ。


「まさか、お兄さんに会えるとは……!」

「いや……てか、何で俺が兄だと知ってんの?」

「そりゃー、私は六等星なので。ユイちゃんの情報なんて知ってて当たり前っすよ!」


 ファンに家族構成筒抜けかよ! 怖っ!?


「まー、そんなことまで知ってんのは私だけなんすけどね」

「あ、そうなんすか」

「はい、私ユイちゃんと昔会ったことあるんすよ。あ、多分地元一緒っすよ」

「一ノ瀬さんも神戸出身なのか?」

「一ノ瀬でいいっすよ。年下ですよね? 私の方が」


 あ、そこまで知ってんだ。


「私、神戸海月くらげ女子高校出身で。高三の時に進路に悩んでた時期があったんすよね。……そう、あれは一年前の春っす」

「回想始まんの!?」



──自分はどのテストも模試も学年一位の科挙圧巻、品行方正、運動抜群、栄華発外な超絶美少女高校生でした……。


「自分で言うのかよ。てか、一人称目線取られたんすけど!?」


 どんな大学にも行ける自分でしたが、特に夢や希望は見つからず、時間だけを無駄に過ごしていたっす。周りからの期待の視線には答えることが出来ないと思っていた自分は、途方に暮れて自宅に帰る途中に出会ったんす。


「なんでそんな下向いて歩いてんだよ。前向かなきゃぶつかるぞ」


 最初はヤンキーに絡まれて怖いと思ってたんすけど、本人の持つ魅力に当てられたといいますか、不思議と自分の話をしてしまったんすよね。



「へー、めっちゃすげーじゃん。私バカだから正直半分しか言ってる内容分からんかった」

「でも、みんなから期待されたって私にはやりたい事とかなくて」

「だから何もやらねぇの?」

「…………」

「ふーん。なんか好きなこととかあんの?」

「好きなことはないですよ」

「楽しいことも?」

「ないです」

「え、今まで笑ったことねぇの? すげーな」

「まぁ……あまりないですね」

「そっかー、良かったな」

「いや、別に良くはないですよ」

「なんで。今までなかったなら、これからそういうこと初めて経験出来るってことだろ。めっちゃ羨ましいじゃん」


 ブランコに座って会話してたんすけど、ユイちゃんは大きく漕いで高くジャンプしました。それは目の前の柵を越えるくらいに。


「私、今日初ライブなんだよ。初ライブ」

「ライブ?」

「そう。私も経験したことないんだよ。だから、どうなんのかすっごく楽しみだ。お前は行ったことあるか? ライブ」

「ないです」

「じゃあとりあえず来てみ。何事も経験だぞ。それに初ライブだってのに客とか全然いねぇみたいだし、知り合いも呼んでいないからさ。お前が来てくれると嬉しいよ」

「はぁ……」

「ここで出会ったのも何かの縁だ。私は今日お前のためにライブする。そして、お前を心の底から楽しませる! これ、今日の私の目標な。楽しませてやるよ、ライブでな!」




「──そして、ライブに行った自分はそれはもう見事にハマりまして。アイドルを追いかけたい! そう思い、今やこうしてユイちゃん推しのファンとしてやってるんすよ。自分よりも二個下なのに、凄いしっかりしてるなーって。それでそのまま六等星になっちゃったんすよねー。そうそう初ライブにいた六人のファンを六等星と言うんすよ。その単語も知らないっすよね?」

「いや、知らねぇよ。六等星って光薄くね?」

「あのぉ……一つ聞いてもいいですか?」


 弥生が恐る恐る手を挙げる。


「どうぞどうぞ。ユイちゃんの魅力ならいくらでも語りますよ!」

「いや、そうじゃなくてですね……海月女子校って名門女子校ですよね。そこ出身なんですか?」

「はい、そうっすよ」


「へーそこって名門女子校なのか、え、お前女なの!?」

「あ、はい。そうっすよ。……って、ええええええええ!? 気付いてなかったんすかぁぁ!?」

 

 超絶美少女の高校生。そういやそんな戯言を言ってた気がする。

 けれども、今は見る影もない。だって、リアクション顔が作画崩壊してるもの。

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