第28話 はいはいはいはいはいはいはいはい


「ここがライブ会場か……思ってたより広っ」


 チケットに書かれていた場所。それは梅田のとあるビルの三階だった。二階の居酒屋の隣にある細い階段を上った先に、目的のライブ会場はあった。ただ、想像よりも大きかったのだ。

 テニスコート二面よりは小さいか、それくらいの広さの会場に200人ほどひしめき合っている。客席は無く、みんな立って観覧するスタイルのようだ。中学校の体育館くらいの高さと広さのステージが前にあった。

 それよりも驚いたのは、その向かい側。会場の後ろにはバーカウンターが併設されていたこと。無料チケットを貰ったくせに入る時に金を払ったのだが、それはここのウェルカムドリンク一杯と交換するシステムのようだ。


「何を飲みましょう……」

「俺ら飲めるのオレンジジュースくらいしかないぞ」


 ほとんどカクテルだった。地下アイドルのライブってこんなにもオシャレなものなのか。もっと訳わかんねえチラシが壁ビッシリあるものだと思っていたが。意外だ。

 まぁ、成り行きでお金は払ってしまったので、ソフトドリンクを俺たちは券と交換してもらった。


 にしても、ちょっとアニメショップ巡ってから来たから、結構ギリギリになったな。そろそろライブが始まりそう。

 ファンたちは興奮し始めており、勝手にコールがあちらこちらで飛ぶ。こんなに盛り上がれるならもうアイドル本人いらねぇだろ。


 そして、ライブが定刻通り始まった。

 爆音で聞いたこともないポップス

 ネオン街のように煌めく照明

 一気に上がるボルテージ

 そして、焚かれた煙から現れるアイドル達。優衣はそのセンターに立っていた。


「はいチ〜! 地球人のみんな〜元気してるか〜い!!」

「いや誰!?」

「妹さんですよ!」


 普段の高圧的な態度でも、先程のファミレスでの外向けの対応でもなく、全く見たことない姿がそこにはあった。

 宇宙をテーマにした衣装を身にまとい、宇宙人の触角だろうか、頭から二本ビヨーンと伸びている。

 カラーチェンジされたメンバーが優衣の他に7人いた。タイプは様々あれど、みんな現実世界にいたらハブられるような宇宙人キャラばかりだった。


「じゃあ最初の曲行くよ〜。『しんりゃくっ! 地球人のみなさまへ!』」


 軽やかなテンポと共に、アイドル達はステップを踏み出し、歌い出した。息のあったフォーメンション。そんじょそこらの練習量じゃなし得ないライブだった。

 優衣は一体どれだけ練習したのだろう。あいつは高校に行っており、成績は悪いらしいが出欠は悪くない。学校に行ってるタイプのヤンキーだ。


 ……あ、深夜か! バイクで夜な夜な出かけてるらしく、家で前に出くわした時もすぐにどこかへ出かけていた。あの時間で練習しているのか。

 そして、授業で寝ているから成績も悪いということになると……なるほどな、こいつ昼夜逆転してるのか。その辺は理由違えど兄妹だと感じてしまった。


「彗司さん、妹さん凄いですね」

「え、なんて?」

「あ、ライブが凄いですね……!」

「え!?」

「ラーイーブーが! すごいです!!」

「……ああ、なるほどね、このジュース美味しいよな!」

「いや、聞こえてないですよね!?」


 隣にいる弥生の声さえ聞こえない。

 そりゃそうだ。爆音音響と歌声に、それを超えるファンの声援で耳が千切れそうだ。とりあえずジュースを飲み干して、その辺の机に置いておく。


 何曲か歌い終わって、アイドル達は宇宙人トークをしていた。

 だが、アイドル以上に動き回っているファン達はグッタリ。座り込んで話を聞いているものはザラにいるし、中には壁際に座って酸素ボンベを吸入してるやつもいた。マジでこいつら目的なんなの?


「ふむ、女の子二人でここにいるとは珍しいね。君たちはあの子達の誰かと友達なのかな?」


 ステージの最後列で見ていた俺たちに話しかけてくる男。

 ガタイはいいが、ファッションがタンクトップと絶望的にダサい。もうすぐ冬だぞ。


「まぁ、そんなとこですね……」


 俺はそう答えた。弥生は俺を盾にして隠れた。


「なるほどなるほど。そうなのか」

「……はい」

「……」

「……」

「私はね、あの子たちのいわゆる親みたいなものだよ」


 何も聞いてねぇのに、自分から話しやがった!

 それに、こいつはアイドルファンにいがちな後ろの方でプロデューサー気分に観覧してるやつか。本当に存在していたんだな。


「私はね、あの子たちがまだ地球に来たばっかりのことから応援していてね。まぁ、ライブは全部観ているし、彼女たちが地球で暮らしていけるよう日本の通貨もたくさん寄付したね。私も含めて、創世記からいるファンを“六等星”と呼ぶんだよ。私はその六人の内の一人というわけさ。それで──」


 と、クリンとした髭を触りながら自分語りをしていた。

 俺は一切耳に通さず「へー、ほー」とハ行だけで返していた。

 てか、こいつの髭って鼻から伸びてね? もう鼻毛じゃね?


 ライブはまだ続く。


 ファンは置いといて、歌いながら激しく踊る優衣の姿は正直言って格好よかった。

 神菜がたまに訳わかんねぇ若者人気のライブに彼女の友達に連れて行かれるが、必ずハマって帰ってきていた。俺はミーハーだと馬鹿にしていたが、何となく分かった気がする。

 生で見るものは曲やダンスだけじゃなくて、そいつがそこで生きている熱を味わうことが出来るんだ。なんか、また考えが変わってしまったな俺。

 でも、妹が目の前で楽しそうにしてるのを見て、そう心から思ったのだった。


 ただ、そんな優衣に迫るかのようにファンは前に押しかけている。アイドルとファンとの間にはステージの高さがあるとはいえ、騎馬戦の形でより近付いては崩れ、出来ては崩れの繰り返し。

 壁際では全くステージを見ず、ただ永遠と踊り続けている奴もいれば、まだ隣でプロデューサー気取ってるファンが喋っているし……。

 俺こんな奴らに妹を公開したくないんだけど。



「さあ、みんな円になって! ミステリーサークル!」


 と、優衣の掛け声にファンたちはステージ中央で何重もの円を作り出す。


「さ、君たちもこっちこっち!」


 あるメンバーに手を引かれ強制的に中央へと連れて行かれる。


「彗司さん!」

「やよいー!」


 勢いに逆らうことは出来ず、ドラマのラストシーンみたいな別れ方をした俺たちは、バラバラの所に中央円の一部として配属される。

 この円は数少ない女性だけのファンで構成されているようだ。ここだけチラホラメンバーが混じってる。やはり俺は女性として間違われているようだ。俺の女装最強だな。

 ただ、隣で肩組んでいたのは優衣だった。


「なんか、この感じどこかで……」

「気のせいじゃないですか、はははははは」

「まいっか。ミステリーサークル!!」


 そして、永遠とジャンプで円ごと回転させられたのだった。しんどっ!

 あんなにも踊っていたのに、ファンはまだまだ動けるようだ。こいつら体力無限にあるな。


「「「「はいはいはいはいはいはいはいはい!!!」」」


 コールと共に飛び跳ねる。ここにいる約200人が息ピッタリだからこの会場自体が大きく揺れていた。




「はいチー! じゃあみんなまた後でねー!」


 この曲でライブが終わり、俺は壁際に座り込んだ。


「疲れた……あれ、弥生どこ行った……」


「「「アンコール! アンコール!!」」」


 あんなにも疲れ果てて、何人か倒れてんのにまだ続けんの!?


「はいチー! おまたせ〜!!」


 ですよねー! アンコールは最初からライブに組み込まれてるのが当たり前だもんな!


 そして、俺はまた円の中心に連れて行かれた。

 すると、今度は隣に弥生が来た。


「あ、彗司さん」

「弥生、無事だったか!」

「はい、それよりさっき私の隣の人が、」


「「「「はいはいはいはいはいはいはいはい!!!」」」


「「はいはいはいはい……!」」


 永遠と続くミステリーサークルジャンプ。明日はきっと筋肉痛。


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