第31話 スカウト
じーっ
「──ここに張ってて意味あんのか?」
「何言ってるんすか! まずはスペース9のまわりに危険がないことを見守る。そしていつもと違和感があるかを見つける。これはスト……あいや、探偵としての鉄則でしょうが!」
今ストーカー言いかけたよね!? 自分の罪を自覚しちゃってるよね!?
俺たちは次の土曜日に、この日の会場である難波のライブハウスの前をこうして張り込んでいた。
ちなみにあの日の夜は永遠と語り続ける一ノ瀬のせいで、俺は全然寝れなかった。弥生は疲れてその場で寝てしまうし、まぁこいつが女だから全然良かったのだが……。
弥生は結局月曜学校休むし、俺も昼まで寝坊&筋肉痛で大学に行っていない。今週ほぼ出てないけど。
「本番まで時間まだありますよね……」
「そうっすねー。スペース9もまだでしょうね」
「それ何の意味あるんだよ」
「私の普段からの趣味っすよ」
「趣味に付き合わされてんのか俺たち!?」
朝早く起こされたと思ったらこれかよ。凄く寒いんだけど。
「どうぞ。缶コーヒーよ。冷えないうち飲みなさい」
「あ、ありがとうございます」
「何を見てるの?」
「いやー、アイドルが入ってくるところですねー……ん? ん!?」
コーヒーを差し入れしてくれたのは一ノ瀬でも弥生でもない。
「こんにちは」
「「プ、プロデューサー!?」」
そう、優衣をこの世界に連れ込んだ本人。プロデューサーだった。前見た時と同じようにゴリゴリのショッキングピンクの服を着ている。こんな目立つのに全然気付かなかったなんてな……。
「それで出待ちかしら? いや入り待ちね」
「あ、えっとそれは……」
俺は一ノ瀬と緊急会議を始める。
「どうする……!?」
「そうっすね、ここはスペース9に会わせてもらって、直接危険を伝えるしかないっすね。あわよくばサインとチェキ撮ってもらいたいっす」
「あわよくばじゃねぇよ。欲張るなよ。とにかくここは黙って去った方が得策だろ……」
「私たちツッタカターで迷惑をかけるネカマを捕まえに来たんです」
「そう……え、や、弥生さん!?」
弥生が正直に話してしまった。そんなこと言ったら俺たちが警戒されてしまう。
「彗司さん、ここは運営の方に協力を仰ぐのがいいですよ」
「そ、そうだけどな……」
「ああ、そういうこと。確かにSNSでそういう人がいるというのは勿論知ってるわよ。でもまぁ、アイドルの世界ではそれが普通よ。ちゃんと対策だってしてるわよ」
「そ、そうですか……」
積極的に弥生は向かったものの、対策してると言われては、素人である以上引くしかなかった。
「いや、まぁそうなんすけど、やっぱり妹が心配というかなんというかで」
「お兄さんなら知ってるでしょー。あの優衣ちゃんがそんなのに挫けるようなヤワな女の子に見えるー?」
「たしかに」
ということで俺も引く。
「もう! 二人とも何やってるんすか! こうなったら私が行くしかないっすね!」
「あなたメンバーから通報されてるわよ。あんまりしつこいと出禁よ」
一ノ瀬も黙って引いた。
「くっ! なんと強大な敵なんでしょうか!」
「敵はお前だよ」
「とにかくここは引きましょう彗司さん」
弥生が言うように、ここは帰るしかないか……。
「あぁ、ちょっと待って!」
とぼとぼ帰ろうとした俺たちを、プロデューサーが何故か呼び止める。
「何ですか?」
「先週も話そうと思ったんだけどね、そこのあなた! あなたに話があるの」
「え……私?」
突如、指名された弥生は当然驚いた。
話とは何だろか。
「単刀直入に言うわ。あなた、スペース9に入らない?」
「はぁ……はい!?」
「「はぁい!?!?」」
まさかのスカウト、しかもこんないきなり!? あ、街頭スカウトってそんなもんか。
「っていやいやいやいや! なんで弥生をスカウトするんだよ!?」
「理由は単純よ。可愛いからよ〜! こんなウブで真っ直ぐな子。絶対にファンに受けいいわよ〜。私には分かるの。弥生ちゃん……って名前だったわね、年は?」
「じゅ、17です」
「なら問題ないわね」
「いやあんだろ! 未成年だけど!」
「あなた、アイドルを何も分かっていないわね。いいこと、女の子はね、若ければ若い方がいいの。ロリコン国家の日本は男は特にだけど、老若男女受けがそっちがいいに決まってるじゃない。現役女子中学生作家! 現役女子高生棋士! どんなことに対してもそうやって売られているのよ。現役小学生アイドルだっているし、高校生なんてむしろ遅いのよ」
確かに現役女子大生AVを見がちにはなる。
「け、けどよ……」
「あなたの妹も16よ」
言い返す言葉がなかった。ただ、だからこそ優衣がアイドルをやっているのが嫌なんだ。あいつ自身どう思ってるか知らないが、俺は妹がアイドルすると宣言されたら絶対拒否するに決まっている。
「どうかしら弥生ちゃん」
「で、でも弥生は嫌だよな!?」
「……やります」
「ほーら、本人が嫌がってんだから……弥生、今なんて?」
「彗司さん、私やります」
「……はい!?」
何でだ。え、なんでオッケー!? 弥生が地下アイドルになるの!? 本当にどうしてその決断に!?
「私がアイドルになれば、内側からネカマを捜索出来るかもしれません。何かあればすぐに通報しますし」
「いや、だからといって弥生が身を危険に晒す必要性はないだろ。それにあのキモい奴等に身を晒すのも危険だ」
「え、キモいって私らのことっすか?」
一ノ瀬、何かに引っかかる。
「大丈夫ですよ。対策ちゃんとされてるようですし、何より私は彗司さんの役に立ちたいですから」
「けどな……」
「じゃあ決まりね! さ、もうすぐメンバーのみんなが来るから早速中に入って手続きとか色々済ませるわよ。親御さんには許可取らないとだし、デビューはそうね、三週間後に初めて地上波の収録があるからそこね!」
「ちょ……」
トントン拍子に話が進んでしまい、弥生はライブハウスへと連れて行かれる。
「また、連絡しますね彗司さん」
ライブハウスの扉は閉められた。
「いやー、こんな展開になるとは思ってなかったすねー。でも中に潜入捜査出来るというのは探偵として上出来っすよね! ねぇ、お兄さん! お兄さん?」
「え、いや悪い、聞いてなかった」
弥生が何でそこまでするのかが分からなかった。役立ちたいというのは分かるが、何でそう犠牲になるようなことをするんだ。あんな強情になって、俺が止めるのを聞かなかったし。
「良い子だからよ。周りが見えてないというか、そういう子は騙されやすいし、彗司までもが巻き込まれるかもしれない」
神菜に言われた言葉を思い出した。
本当に弥生の身は大丈夫なのだろうか……。
アイドルのファンなんて、目の前の偶像に理想を押し付けるイカれた集団だ。そんな奴らの前に優衣も弥生も立たせるなんて……。
「お兄さん、いいっすか? とりあえず私たちは私たちの出来ることをしましょう。ファンへの聞き込みや、ライブハウス周辺とSNSの巡回で犯人を絞っていくっすよ!」
「あ、あぁ分かったよ。絶対に犯人を見つけよう。んでアイドルを辞めさせる……! ──あとお兄さん言うな」
◇ ◇ ◇
(こうなるとは正直予想してなかったな……。でも、これは彗司さんの役に立つチャンス! ついでに妹さんとも仲良くなろう)
神菜との大きな差。それは家族ぐるみの付き合いがあるかどうか。
これを機に妹を懐柔しよう。そう思い、弥生は契約書にサインした。
「さ、みんなどうやら来たようだし、挨拶に行きましょうか」
「は、はい!」
(前にライブでメンバーさんは見たけど、やっぱり緊張しちゃうな……)
プロデューサーの後に付いていき、楽屋へ入ると年頃の女の子たちがいた。
「さぁみんな注目〜! 前に新メンバーを探すって言ってたわよね。今回、その新メンバーを見つけました〜! ささっ、早速自己紹介して」
「は、はい。ひ、雛松弥生です! 色々とご迷惑をおかけしますが精一杯頑張りますので、ご指導の方を、よ、よろしくお願いします!」
頭を深々下げる。けれど、誰も「よろしく」の言葉も拍手もない。
弥生はそうっと顔を上げると、優衣を筆頭に女の子たちはみんなこちらへとガンを飛ばしていた。
「あぁん?」
「……あ、よ、よろしくおねがい、します……」
(こ、怖い! みんなヤンキーだ……私、上手くいけるのかな、彗司さん……!!)
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