第22話 嘘
「あ、彗司さん……! すみません、気付いたら寝てしまっていて……」
「あ……」
「あっ……」
神菜と共に自宅へと戻ると、起きた弥生が一階に降りきったところだった。
早速鉢合わせ。二回戦のゴングが鳴る。
「ご──」
「「ごめんなさい!」」
「いや、弥生これはだな……あれ?」
「ごめんね、昨日は酔っ払っちゃって変に絡んで」
「い、いえ! とんでもないです! 私の方こそ色々失礼なことを言ってしまって申し訳ありませんでした」
どうやら二人とも昨日のことを反省しているのか、お互いに謝罪した。二回戦が始まるとか、無駄に心配していたが杞憂だったようだ。
「まだ私自己紹介してなかったですよね。私は
「あー、弥生は池から神菜を助けるために、俺のことを手伝ってくれたんだ」
「そうだったんだ……。本当にごめんなさい、何も知らなかったとはいえ、ちょっと酷いこと言っちゃったかも……」
「いえいえ! 全然大丈夫です!」
やはり神菜は昨夜と違い、クールダウンしているようだ。
弥生もいつもの弥生だし、やっぱり昨日の俺は夢でも見ていたのだろうか。
「じゃあ知ってるかもしれないけど、私も自己紹介しとくね。
「二宮さん」
「神菜って気軽に呼んでよ」
「あ、では神菜さん……」
「まー、なんだ。とりあえずここで喋るのもなんだし、リビングで座って話せよ。な?」
リビングで俺はさっきまで寝ていたソファに横たわる。
いやー、平和になってよかったよかった。
「彗司は朝ご飯食べたの?」
「いや、まだだけど」
「じゃあ仕方ないから私が作ってあげる」
「あ、なら私も手伝います……!」
どうしたらいいのか分からず立ち尽くしていた弥生が自分もと名乗りを上げた。
「いいよいいよ、別に座って待ってて」
「いや、でも……」
弥生は食い下がった。
「まぁまぁお客さんなんだから、ゆっくりしててよ」
「ここ俺の家だからお前もお客さんだろ」
「そうだけど、ホストのあんたが料理出来ないでしょ」
「確かに」
「えーと、何があるのかな……」
そう言って俺をバカにした神菜はキッチンで朝御飯を作り始めた。
まぁ、こう言っちゃなんだが、神菜の料理は美味い。最近、腕もあげてるようだし。
そして、数分後。
あっという間に、トーストとスクランブルエッグ、サラダとベーコンの洋食の朝セットが出来上がった。さらに、食後のデザートでヨーグルトもある。
「ほんと、あり合わせの物でしか作ってないけど、二人ともどうぞ」
あり合わせとは思えないくらい、完璧たる朝食だ。ここ数年こんなハイレベル食べてないぞ。
「お、美味しそう……」
「まぁ、神菜は一応料理出来るしな」
「一応とか一言多い」
それではトーストを一口。
「うまっ!」
ただ焼くだけのトーストを、誰もが調理出来るただトーストを焼くだけのことを、神菜はここまで完璧に美味しく出来るのか!
焼き加減を分かっている。いや、俺の好みを分かっているのか。ちょっと焦げかけのパリッとした食感があるトーストが好きだということを分かっているんだ。
「ま、彗司って昔からちょっと焦げてるの好きだよね〜」
「そうなんですか?」
「生っぽい食パンは美味しくないだろ。伊達に幼馴染みやってねーな神菜は」
「当たり前でしょ。何年やってると思うのよ」
「……そうなんですね」
弥生も小さな口で食パンをかじった。
一瞬にして神菜の手料理を食った俺は、再びソファに横になる。
「いやー食った食った」
「彗司、風呂借りていい? 結局昨日入ってないから今気持ち悪くてさ」
「ああ、いいぞ。タオルは適当に使ってくれ。いつものとこにあるから」
「ん」
神菜は洗い物を終えると、そのまま風呂に向かった。
「彗司さん、私まだまだ何も知らないみたいですね。だから負けないように頑張ります」
「え、おお……。分からないけど頑張って……?」
やっぱり俺は自意識過剰ではないのかな。弥生はここ一週間やけに気合いが入った状態だった。変に気合が空回りしなけりゃいいけど。
◇ ◇ ◇
「ん……ん? あぁ、いつの間にかまた寝てたのか。って何でそんなに驚いてんだよお前は」
「は、はぁ!? いきなり彗司が起きるからでしょうが。驚かさないでよ……!」
ソファの真向かいの壁まで下がった神菜。さっき目を開けた時、一瞬神菜の顔が見えたから、こいつ俺の顔にイタズラしようとしてたな。自分の顔に違和感がないため犯行未遂で終わったようだ。
自分の罪がバレそうになって焦っているのか、神菜の顔は真っ赤だ。
「そういや、弥生は?」
「もうとっくに家に帰したわ。彗司が寝てたから私が代わりにバス停まで送ってきたわよ」
「そうか、てかもう昼じゃんか。そろそろお前の母さん帰ってくるんじゃないか?」
「うん、帰ってきたっぽいから今帰ろうとしてたとこ」
「イタズラかなんかしようとしてなかったか?」
「き、気のせいでしょ……」
神菜は俺から見ても分かりやすい嘘をつく。
「ふーん、つーか俺が寝てた間、二人して何話してたんだ?」
「え、それは内緒」
「あ、そう」
「私が風呂から出たら彗司爆睡だったわよ。弥生ちゃんがどうしたらいいのかうろたえてたし。さっき言ったようにそのあとすぐに帰したけどね。じゃあ私も帰るね」
神菜は立ち上がり、リビングから出ようとした。
俺も一応玄関までは見送ろうとしてソファから起き上がったところで、神菜は立ち止まった。
「来週の金曜日の夜、授業終わった後、誕生日会だから。忘れないでよ」
「おお。覚えてるよ」
「じゃ」
神菜はしっかりとした足取りで隣の家に帰っていった。
誕生日プレゼントはどうするかな、そんなことを考えながら俺も下宿先へと帰った。
◇ ◇ ◇
「今になって考えたら凄く恥ずかしいことしてたな……」
バスの中。弥生は一人この一晩の言動に後悔を馳せていた。けれども、後悔だけじゃなかった。不思議と手応えもあった。
「でも彗司さん、ドキドキしてくれたよね……? それに私って意外と演技派で大胆……だったかも」
実は昨日、彗司の家に行く前に実家のリビングに置かれていたお土産を二つだけ持ってきていた。
「────お母さん、これ何?」
「ウイスキーボンボンよ。知ってるでしょ? 神戸のお土産」
「神戸の」
「今日もお友達の家にお泊まりするわよね。いくつかは私が食べちゃったけど、持って行っていいわよ」
そう言われたので、二つカバンに忍ばせた。
「ほんと、弥生ったらここ最近で明るくなったわね。家を出るようになってよかったわ。もしかして……男?」
「えぇ!? ち、違うよ……」
「髪型も変えて、眼鏡も取って。絶対男でしょ! お父さんがもしこれを知ったら、きっと許さないわよー」
「お父さんは別にどうでもいいよ」
「ま、私も別に男でもいいんだけどね。でも良い? 弥生。こういうのはガツガツ行くのよ。お母さんはそれでお父さんを落としたんだから」
「も、もう……だから男の人じゃないって……!」
弥生の母は明らかに怪しんでいる。女の勘というやつなのか。やはり当てにできない。
そして、奈良の実家から夕方頃出て、彗司の下宿先まで駅から歩く道すがら、持ってきたウイスキーボンボンを一つ口にした。
「私、お母さんに嘘ついちゃったな」
弥生は残っていたもう一つのウイスキーボンボンをカバンから取り出して、それを食べた。ほろ苦い味がする。
「美味しい」
けれども、これくらいのアルコールで酔うことはなさそうだ。
(彗司さんと神菜さんは幼馴染み。私よりもたくさん彗司さんのことを知っているのは分かっているのに、どうしてこんな気持ちになるんだろう)
今朝のお互い通じ合っているところを見せつけられている気分がして、弥生の心に少しトゲが刺さった気分であった。
(あくまでも私は彗司さんの
次で終点の駅前のバス停だ。この時間の数少ない乗客はみんな立ち上がり、我先にと出口へ向かう。
ただ弥生は立ち上がらず、彼の地元の景色を眺めていた。
終点だ。
「──うん。私、やっぱり好きになっちゃったな。彗司さんのこと」
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