第21話 三年前の秋雷


「邪魔すんぞー」

「邪魔するなら帰って」

「あいよー、ってアホか! 飢え死にするだろ!」

「はいはい、冗談だからさっさと上がりなさいよ」


 エプロン姿の神菜は軽く笑いながら、キッチンに戻って行った。


 三年前の秋、俺は神菜の家で晩御飯を二人で食べた。


「カレーか。結構ありきたりだな」

「うるさい。食べさせないわよ」


 日曜の夜なのに、両家ともに俺らだけを除いて何かしらの都合でいなかった。理由はもう忘れた。

 神菜が作ったカレーの味は普通に美味しかった。カレーはとろみのある方が美味しい。よく分かってらっしゃる。

 食事中は特に話が盛り上がることなく、ただ向かい合って食べただけ。


「味はまぁまぁだったな」

「偉そうに。カップラーメンが晩御飯で可哀想だって思ったから作ってあげたのにさ。味の感想を素直に言いなさい」

「美味しかった」

「まぁ、それでよろしい」


 カレーも食べたし、帰ろうとした。だが、俺はテレビの下のゲーム機を見つけてしまった。


「あれ、お前これ持ってたっけ?」

「ううん。つい最近お父さんから貰ったの。なんか、会社のビンゴ大会で当たったとかで」

「へー、そうか」

「ちょっとやってく? 彗司ゲーム好きだったでしょ。ソフトはマリモカートしかないけど」


(別に家帰っても暇だしな)


「ああ、いいぞ。その代わり泣くなよ」

「泣かないわよ子供じゃあるまいし」


 しかし、その言葉は嘘となるのだった。


   ◇ ◇ ◇


「全然っ……! 勝てないんですけど!!」

「あーはっはっはっ! やっぱお前はゲーム弱いなー! つか、一周ハンデで負けるってどんだけ弱いんだよ」

「もう一回よ……! 次は二周ハンデで!」

「お前にプライドはないのか」



 しかし、俺はそのハンデでも勝ったのだった。



「くっそ、ムカつくなぁ……」

「あからさまに不機嫌になるなよ。……んじゃ、そろそろ帰るか」

「もうこんな時間か。そういえば優衣ちゃんは?」

「仲間の家に泊まるとよ。……仲間ってイマドキの女子中学生が言うもんか?」


 俺は神菜の代わりにゲームを片付けた。あいつはゲームに疎いから、いきなりブチっと切りそうだったから。


「じゃ。また明日、学校で」

「おう」


 適当に返事をし、玄関のドアを開けると、豪雨だった。向かいの家もよく見えない。


「……めっちゃ雨降ってるんすけど」

「にわか雨かな、ゲームに夢中で気付かなかった。ま、家隣なんだし帰れるっしょ」

「畜生かよお前。止むまでここにいていいだろ」

「えーめんどくさい」

「濡れて面倒なのは俺だけどな!?」


 その時だった。

 真っ黒な空が大きく光り、直後に雷音が鳴り響きわたった。

 不意打ち過ぎてさすがに驚いてしまった。


「び、びっくりしたな…………あ」


 俺たちは幼馴染だ。お互いに好きなもの嫌いなものは知っている。だから、神菜が雷が苦手だということくらい十分知っていた。

 彼女は猫がよくする香箱座りで耳を塞ぎ、完全防御態勢を敷いていた。


「確かにビックリしたけど、そこまでじゃないだろ……。とりあえず帰るな」

「行かないで」

「はい?」

「私一人だったら泣いちゃうでしょ!?」

「もう泣いてんじゃん!」


 世間的には美人である幼馴染の顔が台無しになるくらい泣きじゃくっていた。


「わたし……雷とお化けと虫だけはダメなんだって……」

「メジャーどころはおさえてるじゃねぇか。とりあえず、すげぇ雨だけど家隣なんだから俺は帰るぞ」

「それはダメ! ねぇ知ってる!? 雷に打たれて死ぬのは男が多いんだよ!?」


 なんかテレビで見たことあるな。

 確か男の方が雷に対して甘く考えて外出するから撃たれるという理由だっけな。


「わかったわかった。まぁ、ゲリラみたいなもんだし、すぐ止むだろ。お前が落ち着くまではいるよ」

「ありがとう……」


 神菜はひとまず安堵の表紙を浮かべた。次第に防御態勢が解かれていく。


「じゃあ……まずはドア閉めて!!」

「あ、はい」



 それから雨が止むまではリビングでテレビを見ていた。テレビの音で少しでも緩和させるためだ。

 しかしそれでも、発達した雷雲は俺たちのいる近くに雷を落とすために、まばゆい光と地が揺れるほどの轟音は神菜を怖がらせるだけだった。


「さっきから近いな……」

「この辺消防署とかマンションとかに避雷針あるからここには落ちないだろうけどさ……やっぱり怖い……」


 俺の隣で座る神菜はソファ上にて、毛布を被って体を縮こませ、引き続き防御態勢を取っていた。

 雨は段々と勢いを増していく。


「まぁ、さすがに俺もビビるな……」


 するといきなり、見ていたテレビが真っ暗になった。部屋も、他の家も含めて光が消えた。停電だ。


「きゃぁぁあ!! ちょ、暗闇も苦手なものに追加でぇぇ!」

「うるせっ! って、うぉ!?」


 突然のことで、神菜はパニックになって俺に抱きつくようにして押し倒したのだった。


「ご、ごめん……!」


 俺の上で神菜は謝った。顔がとても近い……。


「いや、別に、大丈夫だけど……」

「あ、あんま言いにくいんだけどさ、ちょっとこのままいさせて……」

「え? あぁ、うん。いいけど……」


 幼馴染と身体を寄せ合い、密着し、一緒にいた。こんな時間を過ごすのは人生で初めてだった。


「意外と……まぁ、落ち着くね……」

「それはあれだ、雷今鳴ってねぇから……」

「うん……」



 それから、どちらからだったのかは分からない。

 どうしてかその場の記憶はお互い曖昧であった。


 俺たちは暗闇の中、相手の顔も見えないままに唇を交わしていた。


 恐怖を和らげるためだったのか、偶然当たってしまったのか、密着した男女なら自然としてしまうものなのか、それとも単なる気まぐれか。

 今となっては二人とも原因は記憶にないこと。ただその事実だけは両者しっかりと覚えていた。


 今でも感触は忘れない。


 外から雷の光が俺たちを照らしても止めなかった。

 一瞬の間だったが、唇は重なったんだ。それ以上のことは踏み込むことはせず、ただ一緒にいただけだった。



   ◇ ◇ ◇



「あれは……気の迷いだったろ」


 その後はどちらからしたのか、お互いになすり付け合っていた。

 結果としてキスしたことに変わりはないのに。

 あの日は結局、途中で家に帰ることはなく、そのまま寝てしまい、朝まで二人で過ごした。


「しかも帰り際に最後にダメ押しでキスしてきたし」

「いや、あれは、あー! これ以上思い出すのはやめようぜ!! てか、お前も受け入れただろ!」

「いや、そんなこと忘れたに決まってるでしょ!」


 お互い思い出したくはない黒歴史。

 あのあとすぐに学校だったから、顔を合わせるのは羞恥の極みだった。

 言い忘れてはいたが、幼稚園から高校までずっと同じ学校、8割くらいは同じクラスでずっと一緒にいた。


「と、とりあえず、まぁ、そのなによ。幼馴染として忠告。あの子には充分に気をつけてよね」

「え、弥生か? 大丈夫だろ、良い子だし」

「良い子だからよ。周りが見えてないというか、そういう子は騙されやすいし、彗司までもが巻き込まれるかもしれない」

「は、はぁ……そういうもんか」

「そういうものよ。幼馴染の私が言うから間違いない」


 そして、それだけ言った神菜は自分の家に帰ろうとする。

 が、何かを言い忘れたのか家に入る直前で振り返った。


「まだ、おめでとうって言われてないんだけど」

「え。ああ……! た、誕生日おめでとう……」

「忘れてたんだから、今度ご飯奢ってよね。みんなはもう祝ってくれたから、二人で……」

「あ、あぁ。分かった……。つーか、今度は酒なしだからな。酔っ払ったお前を介抱するのは面倒だからな」

「いや、あれは、お酒のせいというか、これ以上思い出すのはやめて! 私も今回の件でお酒は自粛するから!」


 恥ずかしくて、神菜は勢いのまま家に入ろうとした。


「……あれ」


 けれども、鍵が掛かっていた。

 神菜はカバンから鍵を取り出そうとするが、途中で動きを止めた。


「忘れた……」

「え?」

「彗司の家に忘れたか、もしくはどこかで落としちゃった……鍵……」

「親は……?」

「お父さんは出張で、お母さん土曜日だけは朝早くから仕事だからもう出たと思う」


 その代わり、神菜の母は昼には仕事が終わるらしいが。


「家に入れないや……」


「あぁー……うち来るか?」


「……うん。ひとまずそういうことで」


 自宅には弥生がまだ寝ている。

 何故か第二ラウンドが始まりそうな気がして俺はまたバグりそうだった。

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