第18話 ……もちろん、


「うぅん、びぃる……すぴー」

「寝るのかよ!」


 神菜は突然膝から崩れるように落ち、ベッドに横になると、そのまま寝落ちしてしまった。

 お酒を大量に飲んで、ヒートアップし、そして疲れてしまったのだろう。もうピクリとも動かない。

 神菜が寝てしまったことによって、弥生もひとまず落ち着いた。もちろん、俺も自我を取り戻した。


「す、すみません……。いろいろ勝手に言ってしまって……私もちょっと、その、盛り上がってしまったというか……」

「い、いや、別にいいけどさ……。うん……」



 沈黙



 沈黙というよりもう無音。

 当然、気まずい感じになってしまった。

 だって、もはやあれは告白だもんな。決して自意識過剰ではないはずだ。

 だからといって、さっきのはどういうことなのかと弥生に色々と聞くのも何だか気が引ける。

 この場をどう切り抜ければ……


「彗司さんは、その、神菜さんと幼馴染なんですよね?」

「え、あぁ。物心ついたころにはもう幼馴染だったな……」


 先に沈黙を破ったのは弥生の方だった。


「出身はどちらで……?」

「神戸だよ。実家がな」

「今度、私も神戸に行ってもよろしいですか……?」

「え?」

「その、私もっと彗司さんのことを知りたいと言いますか……育った街を見てみたいというか、えっと私まだ神戸の方には行ったことなくて、その、えっと、何て言ったら……」


 弥生はモジモジと苦悩し始める。

 いつもの如く顔は赤い。けど、今までとは少し理由が違う。

 とりあえず俺も何か答えなければ


「そ、そうだな。神戸はほら、案外ここからでも遠いから奈良からとなるとどっかに泊まらねぇとな──」


 そこに着信音が。

 俺の携帯だ。無料通信アプリでメッセージが届いたみたいだが、こんな時間に珍しい。

 そもそも相手側から連絡来ることがないけど……。あれ、少し悲しい気持ちになったよ。


「あー、ははは。ちょっと誰から連絡なんだろうなー」


 少しでもこの空気からの逃げ道として、俺は携帯を手に取った。

 誰から来たのか確認すると、そこに書かれていたのは親の名前だ。



『伝えるの忘れてたけど、今日から夫婦旅行で東京に行ってきまーす。優衣はいるだろうけど、ほとんど帰って来ないから、あんたが帰ってきても誰も世話してくれる人はいません。P.S.神菜ちゃんが怒ってましたよ。ちゃんと謝っておきなさい』



 ……恐ろしいくらい、どうでもいい内容だった。


 両親はいい年しといて今だにラブラブなのである。よく有休を取っては、国内国外へと旅行しているのだ。

 まぁ、ギスギスしてるよりはマシだし、その分両親共に結構稼いでいるわけだし。仕送りもその辺の人よりは少しは多いから良いのだが……

 いかんせん、人前でもイチャイチャするもので。

 自慢できるような親ではあるが決して人前に見せたくない。


 とりあえずこの文面には何の意味もない。

 後、神菜はやはり俺の家族と会っていたようだな。


「今、彗司さんの実家には誰もいないんですか……?」

「え、うん……っておぉ⁉︎ 見たのか⁉︎」

「す、すみません! 私のところからは丸見えでしたので、つい……」



 確かに俺は床に胡座をかき、弥生はベッドで眠る神菜の横に座っていた。

 俺の方を見れば、見える位置にはいたかもしれない。多分丸見え。


「あの、その……い、今から……今から彗司さんの実家にお伺いしてもよろしいですか⁉︎」

「え、今から⁉︎ や、弥生ほんとにどうしたんだ⁉︎」

「私、そのもっと彗司さんのことを知りたいんです……。やっぱりこれからネカマを一緒に復讐する、ほら、えっと相棒バディなので! ……お互いの信頼関係を深めるというのも……。無理を言っているのも承知です。こんな私を連れて行きたくないのももちろんです。け、けど、えっと、その……わ、私は……」


 弥生の額からは汗が滲み出ている。

 唇をキュッと締め、出そうになっている言葉を無理やり止めているように俺は感じた。

 正直、彼女の中でどういう段取りを踏んでその気持ちに至ったのかは分からない。



「もしかして俺のこと、す、好き、なのか……?」


 俺もこんな馬鹿みたいなことを急に口走るんだから。


 いくらなんでも調子に乗ってしまった。さすがに今の弥生でも引くに決まってんだろ。

 俺が言葉が溢れるのを止めねぇと。


「な、なんつって……」


「……もちろん、好き、です」


 覚悟を決めたのか、あの時と同じ、真っ直ぐな瞳で俺の下衆な質問に弥生は回答した。

 年下のはずなのに、向こうの気持ちを俺が先に分かっていたはずなのに。俺がこう質問をすることを見透かしていたように、彼女はすぐに答えたのだった。


「あ……」


 と、思っていたが、弥生は再びいつもどおりの赤面に戻る。


「ちょ、調子乗ってすみません……!」

「いや、俺の方こそ調子乗ってたよ……!」



 沈黙



 けれども今回のこの沈黙は、俺に少しの勇気と驕りを与える時間となった。


「じゃあ、まぁ、なんだ……。来てみるか……? 家に……」

「……はい」


 弥生は荷物をまとめて、二人で駅へと向かった。

 神菜にはとりあえず布団をかけてあげたが、起きたらきっと怒るだろうな。



 街の雑踏潜り抜け、終電まであと一時間残した電車に乗り込んだ。

 電車の中では、当然静かにしていたがこの空気感に気まずさしか覚えなかった。


「弥生ってさ、そういや何でセツナって名前にしたんだ? 紅蓮の方は炎と鎧の色からで分かるんだけど──」

「特に……意味はないですね……」

「あ、そう……ですか」



 もう一体どれだけ沈黙したら済むんだよ!

 弥生からグイグイ来ると思ったら、二人きりになると急に黙り込むし。

 女とはほんと心が読めない生き物だ。


 結局、俺の実家に辿り着くまで、この会話以外することはなかった。



   ◇ ◇ ◇



「……ん〜……。ん、あれ、ここは……」


 彗司たちが家を出てから数時間後、太陽の光が街中に漏れ出した時、神菜はベッドで目覚めた。


「彗司ん家だ。あれ、何でここにいるんだっけ……。さむっ、てか彗司いないし」


 慣れないお酒を短時間にたくさん飲みために、酔っ払ってしまった代償で記憶は


「ってそうだ! ここに知らない女がいたんだ! その子もいないってことは……うそ」


 思い出したようだ。


「私の方が幼馴染で付き合い長いのに……」


 充電が二割しかない携帯には何件か連絡が入っていた。

 お酒の飲み過ぎを心配する先輩や、帰って来ない娘を心配する母親から。

 そしてもう一人、彗司と同じくといえる子からも連絡が。


「──私も行かなきゃ。鍵は……開けっ放しでいいよね」


 こうして神菜も神戸行きの始発の電車に乗って行った。

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