第17話 こーんな可愛い幼馴染がさ、来てるんだよ
「あ、や、ヤバイ……と、とりあえず隠れてくれ!」
「え、ちょ、ちょっと彗司さん⁉︎」
「すぐに神菜帰すから。ちょっとその中で待っててくれ……!」
クローゼットに弥生やその他荷物を無理やり詰め込んで、急ぎ弥生の痕跡を隠蔽し、俺はすぐさま神菜の元へ向かう。
神菜は俺たちがいる部屋まで迫ってきているはずだ。
と、思ったら神菜は廊下で仰向けで倒れていた。
「あ、彗司〜。やっぱりいた〜」
「神菜……なんか酒臭くね?」
「あ、分かるんだ〜?」
神菜の顔は酒によって真っ赤っかになっていた。目も開いてるのか開いてないのか分からないくらい虚ろになっており、今ここでそのままの体勢で寝てしまいそうだ。
「さっきまで友達と飲みに行ってたの。お酒って美味しいねー」
「もう美味しいと感じんのかよ。てか、未成年は飲んじゃダメ。じゃなかったのか?」
「……そう。そのことを私は言いにきたのよ! 彗司、きのうは何の日か覚えてないの⁉︎」
「昨日……?」
「とぼけないでよ‼︎」
言葉をぶちまけた神菜は、ふらふらに立ち上がり、そのまま倒れかかる勢いで俺の胸倉を掴んだ。
「昨日は私の……私の20歳の誕生日でしょうが‼︎」
「あ……あぁ!」
「忘れてたなぁー!」
そうか。昨日は10月10日。神菜の20歳の誕生日であった。
頭をガンガンに揺らされるまで、すっかり忘れていた。
「全然祝ってくれないから、なんかサプライズでもしてくれるのかなーと思って一日待ってたけど! 優衣ちゃんもあんたの両親も祝ってくれたのに、何でメッセージも何もよこさないのよぉ〜!」
「ごめんって! ちょっと忙しくて──」
「嘘つけ! もう大学来てないじゃん! あんたが忙しいわけないでしょうが、幼馴染として誕生日を祝うのは当然じゃないの⁉︎」
神菜はお酒に弱いようだ。思ってること感じたこと、本音を俺にぶっかける。
ほんと、お酒を成人するまでは飲まないと決めるほど真面目な性格じゃなかったら、今頃容易く池に喰われてたな。
「ったく、どんだけ飲んでんだよ」
「ジョッキ8杯くらい」
「めっちゃ飲んでるし⁉︎ ……あー、誕生日忘れてたのは悪かったよ」
「もういいよ別に。ところでこの靴誰の?」
「はいはい、お詫びになんか買ってやる──え?」
神菜の方を見ると、片方の靴を鷲掴みしてじっくり見ていた。
……ヤバイ。部屋の中の物は本人ごとクローゼットに入れたけど、さすがに玄関の物は無理でした。
「これってどう見ても女の靴だよね……。酔ってる私でも分かる」
「酔ってること自覚はしてるんだな」
「彗司がこんなの履くわけないし、しかも二つもあるし」
履くよ。一つは俺が女装用に履いてたやつだよ。
けど、もう一つは違う。弥生のだ。
とりあえず背に腹は変えられないので、俺が女装癖あるということにして。
「ちょっと部屋調べるよ」
「俺、実はじょ、っておい!」
神菜は人の話を聞かず、軽い千鳥足で部屋中をくまなく探す。
とりあえず近くの風呂場やトイレ。そして、ベランダと調べて、残りはワンルームの部屋だけを追い詰めるように残した。
「まぁ、人が隠れられるとしたら、やっぱりクローゼットよね……」
「お、おい。俺が女の子を部屋に入れると思うか……?」
「ない」
「もうちょっと俺を過信して欲しいんだけど⁉︎」
「でも彗司にしては部屋が綺麗過ぎる。だから念の為よ」
「ちょいちょいディスるよな」
神菜は酔っていても、頭だけは回るのだろうか。
強い確信を持ってクローゼットに手をかける。
「ちょっ!」
バッと一気にクローゼットを開けるが、中には誰もいなかった。
「やっぱいるわけないか……」
「そ、そうに決まってんだろ……」
神菜は中を細かくは探さず、ゆっくりと閉じた。
その時俺は気づいた。弥生はやはり中にいることに。
クローゼットが開かれた時にVVの形で手前に開くのだが、弥生はそのV字の間に隠れていた。俺のところからはちょっとだけ隙間から見えていた。
もちろん、覗かれたりしたらアウトだったが、危機は回避されたようだ。クローゼットが閉じていくのに合わせて弥生も移動する。
「はぁ……ねむ。なんか寒くない?」
探し終わった神菜は地べたにペタリと座り込む。
電源が切れ、今すぐにでも目を閉じ、動きが止まりそうだ。
「え、お前帰んねーの?」
「帰るならここには来ないわよ。電車がなくなったの」
「いや、終電まだ全然先だろ」
「……そういうことにしといてよ」
神菜はベッドで横になる。
「こーんな可愛い幼馴染がさ、来てるんだよ。……何もしないわけ?」
「は、いや……お前酔ってんだろ、も、もしくはあれか⁉︎ 本当は酔ってなくて、俺をからかってんだろ!」
「んー?」
「俺がお前にそんなことするわけねぇだろ……!」
「三年前もしたくせに」
真っ直ぐな瞳で神菜は俺のことをしっかりと見つめていた。
目を背けることは出来なかった。
「いや、あの時は……」
「だから、もういいじゃん──一回目も二回目も同じだって」
神菜はベッドから立ち上がり、ゆっくりと近付いてくる。彼女の呼吸がしっかりと聴こえる距離までに。
お酒は飲んでいないはずなのに、俺も雰囲気に酔わされてしまったのか。神菜の腰にゆっくりと手を回し、俺からも距離を近付けていた。
神菜と見つめ合い、そして──
「ダ、ダメです‼︎」
「うぉ⁉︎」
「きゃっ⁉︎ え、え、だれ⁉︎」
クローゼットから突然女の子が。
弥生だった。そういえばクローゼットに押し込んだまま忘れてしまっていた。俺は一体どれだけこの場に流されてしまったんだよ……。
って、二人は鉢合わせしてしまった。
「ダメです。そ、それは……!」
「弥生なんで出てきた⁉︎」
「弥生……? 彗司、この子知ってるの? って、そりゃそうだよね、クローゼットに隠れてたわけだもんね」
神菜は俺の元からすぐさま離れ、鋭い目で俺のことを見つめてくる。
「いや、この子は、だな……えっと……」
従姉妹とか、後輩だとか言い訳出来るならしたいが、神菜は物心ついた時からずっと幼馴染。お互いの交友関係は把握済みだ。
いや、俺は最近の神菜は知らないか。向こうが一方的にこっちを知っているだけだ。
「私は彗司さんとネットで知り合ったゲーム仲間です」
「ゲーム仲間……?」
弥生は正直な関係性を言った。
そうか、本当のことを言うことが一番被害が少なくて済みそうだ。
「そ、そうそう! 俺のやってるSMFで知り合って──」
「そして、これから恋人にな、な、なる予定です!」
「そうだよ、これから恋人に、え?」
「はぁ⁉︎」
え、弥生何言ってんの⁉︎ 俺らと同じくなんか酔ってんの⁉︎
そして、弥生からベッタリと俺の腕にくっ付く。もちろんしっかりとした弾力を俺は肌に感じて。
「ちょっ⁉︎」
「だから幼馴染さん。今日は帰ってください」
「し、知らない女に言われて、『はい、そうですか』って帰るわけないでしょ⁉︎ そもそもあんた誰なのよ⁉︎」
「雛松弥生、17歳です」
「じゅっ、じゅじゅじゅなさい⁉︎」
「や、弥生さん⁉︎ 何で年齢まで言ったの⁉︎」
「私の方が若いことを自慢するためです」
「何で⁉︎」
弥生ってこんなに積極的な子だっけ⁉︎ そもそもなんでそんなこと言ったの⁉︎ そういう風に俺って見られてた⁉︎ この人ほんとに弥生か⁉︎ もう俺の頭パニック。
「彗司、あんた未成年に手を出してんの⁉︎ 高校生よ! こ・う・こ・う・せ・いぃ!」
「いやー、あばー」
「ダメだ。彗司なんか頭バグったし」
弥生の顔は今まで見た中で、一番赤かったかもしれない。詳しく覚えてないけど。
「とにかく私帰らないから。帰るならあんたが帰りなさい女子高生。子供が外泊なんてするもんじゃないわよ」
「おばさんこそ、電車あるんですよね。帰ったらどうですか? 見苦しいですよ」
「おばっ……⁉︎ みぐっ……⁉︎ 誰がよ!」
「彗司さんは若い方が好きですから」
「私もまだ若いしっ……! それに私は彗司とずーっと幼馴染なわけ。あんたみたいなポッと出が何出しゃばってるわけ⁉︎」
「誕生日忘れられてたのに幼馴染ですか」
「はぁ⁉︎」
睨み合う二人。
酔っ払いのなりたてハタチと、現実でもたくましくなった容姿変わりたての女子高生。
俺じゃ止められないや……ははははははは。
「この際、どっちが泊まるか──」
「勝負です……!」
こういう女の子が俺を取り合うのって嬉しいもんだよな。でも、何だろ。そんなに喜びを感じられない。むしろ不安しかしない。
面倒なことになってしまった……
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