第16話 恋愛攻防戦

 

 あの件からもう一週間。日付は10月に突入していた。


 俺はあいも変わらず部屋でゲーム。当然、目的は新たなネカマを捜し出すこと。

 しかし、怪しい人物は見当たらなかった。


──いや、分からないと言った方が正確か。

 最初は何でもかんでもネカマだネカマだと決めつけていたが、二回連続で性別二択問題を外しているわけだし、自分の判断が信じられなくなってしまった。


 これにより、すぐにターゲットを見つけられない。毎日ゲームをすること自体が億劫となり、モチベーションが下がる。ダレる。

 だからなのか、週末の自室に女子高生がいることについては、何の刺激にもならなかった。

 人という生き物はどんな環境でも慣れてしまう特性があるものだ。



「彗司さん。この人ってネカマですかね」

「あー、そうかもなぁ。一応フレンド申請しといて」

「はい」


 毎日ゲーム上で会っていたからとはいえ、何度か泊まったことがあるとはいえ、出会って一ヶ月弱にしては、いくらなんでもダレ過ぎかもしれねぇな……。


 はぁ……


   ◇ ◇ ◇


 私が初めて彗司さんの家にお邪魔してから二、三週間が経ちました。

 最初は怖かったですが、人というものは環境に慣れる生き物であり、今では恐怖心は一切ありません。

 いえ、これはきっと慣れなんかではなく、彗司さんが優しく紳士的に接してくださるからですね。

 だからこそ安心して、ここに居られるのですが……。


 でも、このまま彗司さんの優しさに甘えてはいけません。

 何も起きないのなら、私から何かアクションを起こさないと……。


「け、彗司さんって、どうしてこのアバターなんですか?」

「え? あー、しらひめのことか。そうだなぁ、ぶっちゃけ自分のタイプに寄せたーみたいな」

「そうなんですね……」

「ん? どうした?」

「い、いえ! 別に……」


 私としらひめさんの姿は全然似ていない……。


 この姿が彗司さんの好みならば、私がこの姿になれば彗司さんは少しはドキドキしてくれるでしょうか。

 今の彗司さんはダラけ過ぎて、全身の穴という穴から液体が出てきそうです。

 このままではスライムになってしまう。


 私では対象外なのでしょうか。ちょっとした刺激……



   ◇ ◇ ◇



 次の金曜日。

 一週間はあっという間に経ってしまった。年を取れば取るほど時間が過ぎるのが早くなっていく。

 こうやって人は知らない内に老いて死んでいくんだなぁ……



 ピンポーン



「おー、来たか。鍵は開いてるから勝手に入っていいぞー」


 金曜日のいつもの時間に、弥生はやって来た。

 来るのは分かっていたから鍵は開けっ放し。

 動くのは面倒なので、パソコンと見つめ合ってる場所から、声だけで玄関まで迎えに行く。


 返事が微かに聞こえると、扉が開いた音。入って来たようだ。


「うぃーす、じゃあ今日は別のエリアでネカマを捜そうと……あれ」


 そこに立っていたのは、見慣れない女の子だった。


「ど、どちらさま……?」

「えぇ⁉︎ 雛松弥生ですよ……!」

「いや……えぇ⁉︎ あ、あぁー……」


 以前の弥生は眼鏡をかけ、前髪も目が隠れるほど長かった。

 けれども、今は眼鏡を外して、前髪も少し切り、つぶらな瞳が現れて、服とかも明るい印象に変わっている。

 どこかで見たような雰囲気だが……。


「私って認識しましたか……? 少し見た目を変えてみました……」

「あ、あぁ! 分かる、分かるよ! コンタクトにしたんだねー」

「元々PCメガネなので、目は悪くないですよ」

「あ、そうだったのか。それに、うん、髪型も少しいじって……へ、へー」

「か、可愛い……ですか……?」

「え、あ、うん。もちろん……!」


 まさか『どう思いますか?』じゃなくて、『可愛いですか?』と、イエスかノーで迫られる二択の質問だとは思わなかった。

 つまり、弥生は『自分は可愛くなったんだよ』ってことを俺に言ってるってことでいいよな……。



「あ、ありがとうございます……」


(ドッキリ成功したかな……?)



 弥生はいつもの持ち場でパソコンを開き、ネカマ捜索を始めた。


 やっぱり弥生は可愛いよな。分かっていたけど可愛い。

 少し恥ずかしくなったのか、頰が赤くなっているようだが、それさえチークを付けたかのように彼女の魅力を何倍にも引き上げていた。

 思わずドキリとしてしまったが、相手は未成年だ。どんな誘惑だろうと俺は負けてはいけない……


 ……いや、待てよ。

 俺は現在、大学二年生だ。浪人も、今のところ留年もまだしていない。そして、俺の誕生日は二月……。

 19じゃん今。え、未成年じゃん俺。


 じゃあ、良くね?


 弥生は17で俺は19だから二歳差だろ。二年遡れば高1と高3なんだから別におかしくはないじゃん。


 うわ、何だよ〜。手出せたじゃーん。



 ってそれはダメだろ‼︎ この考えはクズが過ぎる!

 二年遡ればじゃねぇよ、今は大学生と高校生。世間から見たら許されないが多数になるんだよ!

 そもそも俺みたいな童貞の陰キャが手を出したらダメなんだよ、こんな可愛い子にさ!


 落ち着け〜、理性で固めろ俺を〜。大丈夫だからな〜、はい、息吸って〜


「私、彗司さん以外、男性の知り合いがいないんです。だから男性と話すのは、彗司さんなんですよね」

「んはぁ、あ、へ、へぇー、そうなんだ。お、お父さんは?」

「家でも部屋に引きこもってるので。喋ることはほとんどありません」

「そ、そっかー……」


 俺の理性をぶち壊すのやめてくれぇ‼︎

 男ってホント「だけ」って言葉弱いから! 男は所有欲なり支配欲なりが高いから、そういうのやめてくれぇぇ!


 え、弥生ってもしかして俺のこと誘ってる……? いやいやそんな訳ないよな……でも、どうしてこのタイミングで……


 とりあえず俺は横目で弥生を見る。

 と、向こうもこっちを見ていて、目が合ったことに気付くと、気まずそうに顔を赤くして目を背けた。


「あ、俺ちょっとトイレ行ってくる……」

「あ、はい」


 トイレに入り、便器の蓋は開けずにそのまま座る。


──何、この攻防戦。もしやこれが噂の恋愛攻防戦……?

 あの、『てめぇらサッサとくっ付けよ』的な男女二人が繰り広げるあの攻防戦なのかこれは……

 いや、マジかー。これは困ったなーこれは。


 ……とうとう俺にもこんな時期が来てしまったのかな。そう、モテ期が。


 うわぁー! ちょっと意識しちゃってるから顔ニヤけてしまうー! トイレから出られねぇー!

 ここはちゃんと大人の余裕を見せよう。

 落ち着け〜俺の理性〜──


   ◇ ◇ ◇


「彗司さん、独り言が聞こえてる……」


 てことは私のアピールが少なからず上手くいってるってことなのかな……。でも、あざと過ぎたかもしれない……。

 けれど、このままアピールすれば──


 いや、でも待って私。

 私なんかが男性に相手される訳ないもんね……。もしかしたら彗司さんはただお腹を壊しているだけのかも。トイレで独り言をするタイプなだけかもしれないし……。

 もしかしたら私といるストレスで……⁉︎

 あぁ、それだったらどうしよう……それに私もドキドキ緊張してきたよ……!


   ◇ ◇ ◇


 ようやく気持ちを整えた俺はトイレから出てきた。


「あのぉ、どうしたんですか、その顔……」

「え、いや何でもないですよ」


 弥生に表情を指摘されてしまった。

 スマホでこっそり確認すると、なんか言葉に表せない感じでどえらい表情をしていた。


「あぁ、ってか、そっちも何でそんなに顔赤いんだ? 体調が良くないなら無理するなよ」

「えっ⁉︎ いえ、ちょっと暑いかなって……! こ、この部屋が!」

「あ、おぉ……たしかに、そうかもなっ……! 冷房付けるか、うん、冷房付けよう」


 もう残暑もないはずだが、とりあえず冷房を付けた。


「服も脱ぎますね」

「え……」

「暑いので」

「あぁ、そうだよな……」


 沈黙が続く。

 弥生が上着を脱ぐと、中から肩まで露出していた服が現れる。どんな暑がりでも、この時期にここまで下に薄着を着ている人はいない。

 そもそも本当は冷房をつける温度でも、服を脱ぐ温度でもないはずだ。


「今日も泊まります……」

「うん……」

「もし、何かあれば……その、何でも言ってください」


 弥生は下を向いてしまった。

 言い淀んでいる。


 もしかして、弥生は──


 けど、俺にそんなことあるのか……⁉︎


「……いつでも、その……いいですよ……」


 いや、もうこれは、あれだ。俺だってここまで鈍感じゃない……!


 ここで行かなきゃ男じゃないだろ……‼︎



「やよ──」


 ピンポーン


「イブァブバブ‼︎」

「彗司さん⁉︎」

「い、いや、なんでもない大丈夫……」


 どのタイミングでチャイム鳴ってるんだよ! 空気の読めない宅配だな!



『ちょっと彗司〜、いないのー? んー電気付いてたよね……』


 宅配って俺の名前知ってるもんだっけ? あぁ、宛先見たのか。

 けど、今あんなに扉叩く必要ある?


『彗司、あんたまた授業サボったでしょ! それに昨日何の日か忘れたわけ⁉︎ いるの分かってるんだから開けなさいよ!』


 神菜だ。

 家の前に神菜が来ている。声と呼び方で分かった。

 しかし、いつもと違って何故か荒ぶってらっしゃる。

 仕方ない。このままそこで大声出されては、近所迷惑だから部屋に──


 って待てぇ! 神菜は弥生の存在を知らないはずだ!

 今、この部屋には季節外れの薄着姿の女子高生が俺と二人きりでいることとなっている。どう考えても、誤解を生むに決まっている。


「彗司さん? 出なくていいんですか?」

「あははー、いやぁちょっと神菜──幼馴染が来ててさー」

『あ、開いた。なんだ、中いるじゃん彗司」


 え、なんで開いたの⁉︎

 ……あぁ、そうか。弥生には鍵開けっぱなしでいいよって毎回言ってたから、今日も開けっぱなしだったのかー。

 ちゃんと、戸締りしないとダメだなぁー。はっはっはっ。


 ってヤバい!

 二人が鉢合わせする……!


 この攻防戦は神菜も加わり、修羅場化し、さらに加熱していくことを彗司はまだ知らない……予測は出来るが。


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