第19話 じゃあお酒のせいにしちゃいますか


「ここが彗司さんの実家……。で、でかい……」

「いやー、でも普通だろ」


 家の大きさはデカい。のだろう。

 もちろん、俺は昔から過ごしているから全く思わないわけで。それに築20年を超えているから、壁面とか見えないところは緑や茶色にくすんでいる。

 自分が現在住んでいるアパートの部屋も広いようだが、比較対象がないから分からない。

 いや、別に友達がいないわけではないよ⁉︎


 一応アニメで見る限りだと、広いような気がするから、「いやー、全然狭い狭い!」とか、ある種調子乗ったことは言わずに済むわけで。



「私の家は土地だけはありますが、建物はとても古いので……。蔵とかありますし」

「いや、多分そっちの方が家デカイと思うぞ」


 話聞く感じだと、弥生の方がある人種が言うような言葉に近そうだ。

 まぁ、それはともかくだ……


「あぁ、じゃ、まぁ……どぞ、お入り下さい……」

「あ、はい。お邪魔します……」


 時刻は日付が変わるかどうか。弥生にも他の住民にも迷惑になるので、外での会話はこれくらいにしておこう。



「俺の部屋はそこの階段を上がって右の部屋です……」


 俺は年下に丁寧語を使うが、行動自体には何の迷いもなく、自室へと案内した。

 別に何か、如何わしいことをしようとしてではない。親や妹が突然帰ってきて鉢合わせしないようにだ。

 きっと家族がいきなり俺の部屋に来ることはないだろうから、ひとまず時間は稼げるので安心。ちゃんとさっきの失敗も踏まえ、弥生の靴を持って階段を上がる。

 弥生も特に疑問を抱かずに、後ろから付いてきてくれる。



「いやー家出る時、適当に片しただけだから多分部屋汚いと思うけど、ってめちゃくちゃ汚ねぇ‼︎」


 ドアを開けると、俺の部屋は物で溢れかえっていた。

 原型というか、個室の面影は全くなく、ただの倉庫化としていた。

 家族の衣類やフリフリの服、滅多に使わない両親の仕事道具。注文したのに開封履歴のない段ボール箱、もう絶対使うことないであろう日用品や家電にエトセトラ。


「何でこうなってんの⁉︎ あ、別に俺のが捨てられたわけでもないのか──隅に追いやられてるけど」


 これ、俺が実家に帰ってくることを微塵も考えていないんだろうな。ましてや女子高生と一緒に来るとはもっと予想してないんだろうけど。


「け、彗司さん……。この本棚の本って彗司さんのですか……?」

「あぁ、そうだけど」

「凄いです……! 限定百合本がこんなにも!」


 弥生は弥生で部屋の汚さについては全く気にせず、目を輝かせて俺の部屋をマジマジと見ていた。

 そういや百合好きだったけ……

 てか、俺の性癖丸裸になっててめっちゃ恥ずかしい……。


 それにしても、俺の部屋に女子高生が入る日が来るとは……。

 いや、何回か下宿先に来てるけど、もうこの部屋は俺の部屋ではなくなってるけど。

 それでも実家にやって来たという事実が破壊力抜群というか。


「宝部屋ですね……! 私もほんとはこんな部屋にしてみたかったです」

「いや、今はただの倉庫、ていうレベルでもないけどな」

「あちらも見ていいですか?」

「おう、好きに見ていいぞ」


 弥生が部屋の反対側に行こうとしたその時、大量の荷物と彼女の興味が別の方向に向いていたために、足下に転がっていた野球ボールに気付かずに踏んでしまった。


──あれは俺が小学校低学年の時に、父親が息子とキャッチボールしたいという夢のためだけに買われた野球道具。

 結局、昔から俺が運動音痴のせいで一回しかしてないが、思い出と夢のために捨てずにここに放り込んだのだろう。


 って今はそんなことはどうでもよくて。

 弥生を助けたい! とかいう正義的な気持ちが考えつく間もなく、自分に倒れかかってくるのを反射的に受け止めた。

 俺が女の子を受け止めきれる力はあるはずもなく、あえなく弥生と共に床に倒れ込む。



「ガッ!! いってて……ん?」


 両手には経験したことがない、柔らかく、手が跳ね返されるほどの弾力が。

 その正体に気付くのに、数秒もいらなかった。


「け、彗司さん……その……」


 弥生の、豊満な胸だ。


「んなっ⁉︎」


 物理的に開いた口が塞がらない。

 とにかくすぐに手を離す。


「ご、ごごごごごめん‼︎ すぐどくからって……あれ」


 俺はその場から動けなかった。いや、動くことを防がれていた。弥生によって。

 彼女は俺の上にのしかかるように背中から倒れていたが、少し起き上がるとこちらに振り返る。


「弥生……さん……?」

「彗司さん、別にこのまま続けていい……ですよ、私は」


 俺の両腕を彼女は自身の手で床に磔にする。勢いに押されて振り払うことは出来なかった。


「いや、何がかな……⁉︎」

「私は元々そのつもりでしたから……。覚悟は決めてるんです……」

「え……」


 顔は唇がふと当たってもおかしくない距離にまで近付く。

 俺の理性はここまでかもしれない。アルコールの匂いのせいで、少し判断力が……


 って、ん?

 ほんの少し香った気がする。

 迫る弥生の顔は俺の横に落ちていった。もしかして、そのまま寝落ち……?


「あ、なんだ。もしかしてそういうことか。俺の家で言い争ってる時に、弥生は神菜のアルコールの匂いのせいで酔っ払ってしまったって訳か。はは、なんだ弥生アルコール弱すぎだろ。匂いで酔うなんてなー。どっかのヒロインかよ……! そりゃ、あんな変なことになるよな! あは、あははは〜」


「──じゃあお酒のせいにしちゃいますか」


 彼女の声が耳元で囁かれた。

 体は硬直し動けない。声も出なかった。

 金縛りにあってしまった俺は、成すすべなくこのまま──




「──なんで鍵開いてんの?」


 玄関でドアが開いた音がした。

 そこで俺は我に返った。


「……もしかして優衣か……?」

「え……?」


「泥棒? んな訳ねぇか。あ、兄貴の靴……。兄貴ー、いんのかー? いるならブッ飛ばすぞ」


 いや、何でだよ⁉︎


 でもこの声に、この兄へとは思えない態度。

 間違いない。


「妹の優衣だ……」

「え、妹さん?」

「ヤバイヤバイヤバイヤバイ、弥生を見られたらマジでヤバイ。神菜の時とは比べ物にならないくらいヤバイ‼︎ どっかにすぐ隠れてくれ!」

「へ⁉︎ ちょ、彗司さん⁉︎」


 弥生を部屋の奥へと押しやり、俺は部屋に優衣が入って来ないように、部屋の外に出た。

 目の前にはもう優衣がいた。


「あ、あはは……。優衣おかえりー。ひ、久しぶりだな、身長伸びたか……?」


 瞬間、顔面殴られる。


「ぐはぁ‼︎ おま、何で急に殴ってくるんだよ⁉︎」

「ちゃんと言っただろ。いたらブン殴るって」


 俺の妹はマジでヤバい。

 童顔で、身体は華奢で、胸も小せぇくせに、関西に蔓延るレディースの総長をしてやがる。

 男もついでに従えているらしい。そう、不良の頂点である。


 そして、俺のことをめちゃくちゃ嫌ってやがる妹である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る