第18話 囚われた人たち
本棚から離れ、シャーロットが二人を連れてらせん状の足場をぐるぐる登ることしばし。ようやくシャーロットが、「着いたわ」と声をあげた。
シャーロットが着いたと言った場所は、これまた不思議なところだった。
そこは、小さな細い蔓が何千本も絡み合ってできた巨大な鳥の巣のような場所だった。しかし、鳥の巣のように枝に引っかかっているのではなくて、太い蔓の端からバルコニーのように飛び出していた。その中央には、甘そうな果実をたわわに実らせた木が生えている。植物が何もかも特大サイズのこの空間だったが、この木は通常の大きさだ。だが、根元を見れば普通の木でないことは一目瞭然だった。何と、その木が根を張っているのは土や足場となっている蔓ではなく、一冊の本だったからだ。さらに、その本の周囲をぐるりと囲むようにして、澄んだ水で満たされた池がある。底からこんこんと水が湧き出ているようだったが、この水がどこから来ているのかはさっぱりわからない。
「どうなってるんだ」
アーサーがいの一番に駆け出していった。まずは木の苗床となっている本を穴があくほど見つめてから、池の水を手ですくって口へ運ぶ。
「うまい!けど、何がどうなって……」
その場にしゃがみ込むと、アーサーは顎に手を当ててブツブツと声に出しながら考え出した。
「光はある。風も。でも、土はない。何で本から生えてるいるんだこの木は。この本が土の代わりをしているのかな。でも、紙は植物や木から作られているはずで、土そのものではないよな……」
「アーサーさん。考えたらダメですよ」
見かねたシャーロットが近づいてそっとアーサーに言った。
「この場所自体が不思議な場所なんですもの。いちいち気にしていたらキリがないことよ。それに、一応これで全部の説明はつくわ。『魔法』よ」
「魔法……」
アーサーは、成す術なしと言わんばかりに目の前の木を見上げた。
「シャーロット、他の人たちはどこに?」
メルに聞かれて、シャーロットは「上にいるわ」と人差し指を上へ向けた。
「上?」
「そう。ほら、まだ道が上に続いているでしょう。もう少し上に行くと、蔓の中に大きな空洞が開いてるの。ちょうど木のうろみたいにね。部屋みたいで居心地がいいから、みんなそこにいるわ」
シャーロットにその場所まで案内されると、確かにちょうど木のうろのような形で、蔓の側面にぽっかりと大きな穴が空いていた。蔓自体太く大きいので、十人くらいなら余裕で入れるほど穴は広い。その中には、数人の大人や子供たちの姿があった。中には何人か見覚えのある顔もいる。
皆は、それぞれ適当な場所に座ってくつろいでいた様子だったが、メルたちが入ってくると少しざわつきながら、大人が何人か立ち上がった。そのうちの一人、壮年の男性がメルへ話しかけてきた。
「……あんたらも、白い光に包まれたらここへ来ていたのか」
男は随分くたびれた様子だったが、口調は淀みなくはきはきとしている。
メルは男の問いに素直に頷いた。男は重ねてメルに問いかける。
「なあ、もし知っていたら教えてくれ。ここから出る方法を……。皆でいくら出口を探しても、見つからないんだ……」
「……ごめんなさい。私にもそれはわからないんです」
そう答えると、男はあからさまにがっくりとして、弱々しく膝をついた。
「一体いつになったらここから出られるんだ。妻と娘たちに、これ以上心配をかけたくない……」
男の弱音をきっかけに、周囲の人々が口々に不安を口にし始めた。そのほとんどが、ここから出る方法がわからない、一生ここに閉じ込められるのではないかという不安だった。一方、隅の方で固まっていた小さな子供たちは、母親や父親に会いたいとぐずり始めた。近くにいた中年の女性二人が、そんな子供たちを親代りに慰めてやる。
人々の不安そうな表情に囲まれながら、メル自身も同じような不安に駆られた。ここには魔法のおかげで水もあるし食料もある。死ぬ心配はない。しかし、皆元の生活というのがある。大切な人たちと引き裂かれて、いつまでもこんな場所にはいられないし、いたくもないだろう。メルにだって祖母が待っている。このままメルが帰らなければ、祖母はどれほど心配するだろうか。
ぐずる子供たちの泣き声が、大人たちの不安な声よりも耳に届いてきた。
ほんの何日か前に見た、図書館の受付前に殺到する、子供を見失ってしまった親たちの不安げな顔がメルの脳裏に浮かぶ。家に帰りたい、お母さんに会いたい。そう言って泣く子供たちの姿が痛々しげで、できることなら早く返してやりたいと思いながらも何もできない自分に、メルは胸が痛くなった。
「シャーロットさん。ここにいる人たちで全員なのか?」
メルの背後で、アーサーがシャーロットに話しかけた。メルも気になって二人の方へ向く。
「いいえ。まだまだおりますよ。他にもここみたいな場所があるから、それぞれ分かれてるんです。全員で一箇所に入るには狭すぎるものですから」
「そっか……。大勢の人がここに囚われているんだな。ん?」
眉をひそめていつになく真面目な顔になったアーサーが、ふと外の方を見やった。何か気にかかることでもあったか、出口へ駆け寄って外の様子を伺い始める。
「どうしたんですか」
アーサーの行動が気になって、メルもアーサーの肩越しに外を見やった。見た所特に変わった所は見られないが……。しかし、アーサーは「静かに」と人差し指を立てて自分の口にあてがった。
「聞こえないか?」
よくわからなかったが、メルはとりあえず耳を澄ましてみた。すると、かすかにだが、何か音がしているのに気がついた。ばさり、ばさりと、鳥が翼を羽ばたかせているような音。しかしそれは鳥のものよりも、ずっとゆっくりしたリズムで聞こえてくる。それもどんどんこちらへ近づいてきているようだ。
「何の音……?」
メルがそう呟いた時、「二人とも、早く中へ」と、シャーロットに背後から腕を強引に引っ張られた。一緒に耳をすませていたアーサーも同様のことをされている。
「ちょっと、いきなり何?」
空洞の奥に引っ張り込まれたメルは、シャーロットへ抗議の声を上げる。だがその声もシャーロットの「しっ」という声で阻まれた。
「竜よ」
続いてシャーロットの口から発せられた単語に、メルは息を飲んだ。
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