第11話 魔女の本棚
その後、警吏の力を借りて、図書館で消えた行方不明者の大々的な捜索が二日かけて行われたが、彼らが見つかることはなかった。それどころか、捜索に携わった人々の中からも行方不明者が出始めたため、捜索活動は打ち切りとなってしまった。さらに、原因不明とはいえ、多くの行方不明者を出してしまった王立図書館は、これ以上の行方不明者を出さないためにも、休館という異例の事態に立たされることとなった。
「……」
メルは事務室の自分の席から、窓を通して降りしきる雨をぼんやりと見つめていた。
しとしと降る穏やかな雨で、窓の外に植えられた小さな花々が、優しい水の恵みを全身で受け取っている。きっと雨が上がれば、花弁や葉についた雫が陽光に照らされて、小さな宝石のようにキラキラと輝き出すことだろう。しかし、それを想像してみても、今のメルの心はちっとも明るい気持ちにはなれなかった。
現在、図書館は休館となっている。それで図書司書たちも仕事が休みということにはならない。現在、王立図書館では行方不明者発生事件の他にも、本の文字が消えるという怪事件が発生している。こちらは表立った騒ぎにはなっていないものの、いつ明るみに出るともわからない。世間の人々の混乱を招かないためにも、早急に手を打つ必要があった。
そして今日。本の文字の消失及び行方不明者に関することで、マクレガン館長直々に皆に話すことがあるということで、事務室でその時間が来るまで、各々そわそわした様子で館長の登場を待っているところだった。メルもその中の一人で、雨の降りしきる窓の外を眺めながら、館長を待っているというわけだ。
メルの隣の空席の主はシャーロットだが、やはりシャーロットも行方不明のまま帰ってきていなかった。
一体彼女の身に何が起こったのか。いや、彼女だけではない。行方不明者たちの身に何が起こったのか。そして、消える文字の本。あれから、十三区画、十区画に続き、さらに他の区画でも本の文字が消えるという現象が広がりを見せている。
謎だらけのこれらの事件、そして図書館の休館。これらの出来事に、メルはすっかり滅入ってしまっていた。
行方不明になった人々は無事に見つかるだろうか。本の文字が消える現象はいつになったら止まるのだろう。休館状態はいつまで続くのだろう。考えても答えのでない問いが、メルの頭の中を際限なくぐるぐると回り続ける。
なんだか頭が痛くなってきて、メルは机の上に顔を突っ伏した。その態勢になると、なんだかどっと疲れが押し寄せてくる。
その時、かすかな人々のざわめきと共に、マクレガン館長のよく通る声がメルの耳に届いてきた。
「みなさん、お待たせしました。これから、現在王立図書館で発生している二つの事件に関する、私の話をお聞かせします」
メルは顔を上げた。すると、マクレガン館長が部屋の中央に台座を置いてその上に立っている姿が見えた。他の司書たち同様、館長の話をよく聞こうとメルは椅子から立ちあがり、館長の近くへと寄る。
マクレガン館長は皆が自分の方へ完全に注目したのを確認してから、はきはきとした声で話し始めた。
「現在王立図書館で発生している二つの事件。一つは文字の消失、もう一つは行方不明事件。最初に発生が確認されたのは、文字の消失でした。ミス・アボット及び、ミス・クラプトンの報告によりこのことを知った私は、みなさんに文字の消失現象が見られた十三区画の本すべてを、臨時書庫に移すよう指示しました。このような指示をしたのは、私がある存在について知っていたからに他なりません」
マクレガン館長の言葉に、司書たちは互いに顔を見合わせてざわつき始めた。ある存在という妙に意味深な言葉に、メルもなんだろうと高鳴る心臓を抑えられない。マクレガン館長は皆のざわめきを制するように、声のトーンを変えて話を続ける。
「文字の消失という現象にその存在が関わっているのかどうか。私は確証を得るために、この図書館において最高機密にあたるその存在について、独自に調査を進めていました。そんな中で発生したのが、行方不明事件です。文字の消失、行方不明事件。なんの関連性もないようなこの二つの現象には、共通してあの存在が関わっている。私は最終的にそう判断しました」
皆が、マクレガン館長が続けて発する言葉に集中していた。先ほどから館長が口に出している「ある存在」。館長はそのことについて、今から話すつもりなのだということを、皆薄々感じ取っているのだ。メルも、緊張した面持ちでマクレガン館長を見つめる。マクレガン館長は、次の言葉を発する前に、一瞬だけメルの方を見た気がした。
「その存在について、みなさんも名前だけはご存知でしょう。『
その単語に、メルは頭を雷で打たれたような気分になった。『図書迷宮』。この図書館で、いつの頃からか囁かれるようになった噂話。
幾億もの本があると言われるこの古い図書館の書庫の奥。そこには、無限の本棚が並び、あまりに奥へ入り込んでしまうと、迷って帰ってこれなくなってしまうという。しかし、これは王立図書館が図書司書でも把握しきれないほどの蔵書数を誇っているが故に生まれた与太話。誰かがまことしやかにささやき始めた与太話。
『いいや、ある。俺は信じてるね』
脳裏に浮かぶ、赤毛の少年——アーサーの声。彼の祖父が見たというその存在は、実在する。今まさにマクレガン館長の放った言葉で、それは確実なものとなった。
マクレガン館長はさらに言葉を続けた。
「正確に言えば、『図書迷宮』の噂の元になったある場所のこと。と言った方が正しいかもしれませんね。元々『図書迷宮』は通称として使われていたらしいので、その名称が全くもって正しくないとは言い切れませんが」
マクレガン館長は一旦言葉を切り、水を打ったように静まりかえる群衆へ、一連の事件の原因となったその場所の名を告げた。
「……『
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