第6話 祖母
一日の仕事を終えて家へ帰ってきたメルは、夕飯を食べながら、祖母のステイシーに今日の出来事を話して聞かせていた。人と話すのは得意な方ではないが、不思議と祖母に対しては、すらすらと言葉が出てくる。祖母は適宜相槌を打ちながら、楽しそうに孫の話に聞き入っていた。
今日一番の話題は、やはりあの赤毛の少年のことである。昨日その彼が閉館時間ギリギリまで図書館で寝ていて、メルが叩き起こしたことはすでに昨日の夕飯時に話してあるので、祖母は「また会ったんだねえ」と面白そうに言った。
メルは、祖母特製のかぼちゃスープを
「どういうこと?」
メルが尋ねると、祖母はゆっくりした口調で答えた。
「根拠なく噂が生まれるわけではないということだよ。図書迷宮の噂も、きっと何かが元になっているのだろうね」
「それは、王立図書館に収蔵されている本の数が、数え切れないほどあることからきているんじゃないの?」
「さあ。そうとも限らないかもしれないよ」
祖母は悪戯っぽく笑って、小麦粉をまぶしたパンを一口サイズにちぎって口に運んだ。
こんな風に、祖母は意味深なことを言って答えをはぐらかすことがよくある。小さい頃、メルが疑問に思ったことを尋ねても、祖母は決して答えをそのまま教えることはなかった。もちろん、質問の内容によってはすぐに答えを教えることもあったが、基本的にはいつも何か意味深なことを言って、メルに自分で考えさせるのだ。だが、今回の図書迷宮の噂の元になっているものは、考えたってわかるものではない。
「おばあちゃん、何か知っているんじゃないの」
何だか祖母にからかわれている気分になり、メルは聞いてみる。だが祖母は、
「さあねえ」と言うだけである。
「私が知っているのは、いろんな物語だけさね」
「物語……」
そう言う祖母は、若い頃語り部として各地を旅して回っていたらしい。語り部というのは、昔から伝わる古い物語や神話、歴史を語り継いでいくことを仕事にしている人たちのことだ。今ではめっきりその姿を減らしているが、祖母の若い頃は文字が読める人が少なかったため、語り部は重宝されていたらしい。
元語り部という経歴柄、祖母は古い物語はもちろん、各地方の文化や民間信仰など、いろんなことを知っている。ひょっとしたら、図書館迷宮の噂の元になったような物語や歴史を知っているのではと、メルは尋ねてみたのだが、祖母は答える気がまったくないようなので、これ以上聞くだけ無駄だろう。
夕食を食べ終えたメルは、祖母と共に食器を片付けてしばしの団欒を楽しんだ後、自分の部屋へ上がった。
清潔に整えられたベッドの上に腰掛けて、枕元に置いてある一冊の本を手に取る。そばにあるランタンに火を灯して、メルはその本を読みだした。
夜の読書は毎日の日課である。たまに、本の内容が面白すぎて夜更かししてしまうこともあるので要注意だが、メルは祖母とのおしゃべりの次くらいにこの時間が好きだった。
本を読むうちに、だんだん眠たくなってきた。メルは寝間着に着替えると、柔らかい布団の中に潜り込んだ。心地よい睡魔に誘われながら、メルは思った。明日もしまた、あの赤毛の少年と会ったら、今度は図書迷宮を探すのを少しくらい手伝ってもいいかもしれない。
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