<宇宙へ>

 物心ついてから、なんで俺は呼吸をしているんだろう、なんてことを思ってた。周りには親に捨てられ、母さんに拾われた少年少女。彼らはよく俺と遊んでくれたけど、俺の疑問に納得する答えをくれたことはなかった。まっとうな教育を受けることが出来ず、ただ生きる術を身に着けるために集った団体だ。失礼だが、俺は彼らを見下していた。

 求めても与えてもらえないなら、自分で探して掴むしかない。掴むには勉強しなければならない。そうして、学ぶことを覚えていった。


「来たか、紫恩」

「ああ」

「不愛想だな。チームではあんなに、にこやかなのに」

「必要性があるし、元々男に優しくする方法を知らないだけだ。片親だったからな」

「皮肉か」

「それより、早く始めようぜ。俺の命はどうやって燃やせばいい?」


 寮のポストに入っていた手紙は、実父からだった。レボリューションに欠陥がある、予定日まで艦に籠れと、たったそれだけ。

 酷い別れ方をした凛田紅莉が頭をよぎった。ずっと想っていた彼女と、せっかく心がつながったのに、この体はそれを認めない。全てを知った凛田紅莉はきっと、俺を捜しに来るだろう。


「凛田紅莉本隊長が、来る心配はないな?」

「当り前だろ。だれが俺なんかを追ってくるかよ」

「……俺以外、誰も知らないことだ。大気圏を抜けるときに、機体を守る装置の配線が狂ってやがる。試験運行ではなかったんだが」

「簡単だ。試験運行でやられたんだよ。この線は純度の高いレアメタルでできていて、この星にある不純物だらけのレアメタルを集めるだけ集めて作らせたんだ」

「不純物が摩耗してイカれたのか。なんとかならないのか、科学隊長さんよ」

「社長が中間管理職に頼るのは格好がつかないぜ。見ただけで答えは出てる。心配せずとも、あんたの命も一瞬で散るよ」

「愛する女のためか。やけるなあ」

「……やめろよ、恥ずかしい。あんたに、言っておきたいことがある。一度でも愛した人間がいるなら、死ぬまで大切に思っとくべきだぜ。振り回す男ってのは、本当に身勝手な生き物だ。女の遺伝子から派生して生まるのに」

「美成虹のことは……」

「俺も人のことは言えないけど」


「……俺たちは、嫌なくらい親子だな」

「……クソ親父」



◇◆◇



 誰かを守るためなら死んでも構わない。遅かれ早かれ、人は死ぬ。若かった俺はそう考えていたけれど、あの、名前に希望の橋をもつ女と出会って、すべてが変わった。


「本隊長、伊達将軍から通信です」

「凛田」

「伊達将軍……出発まで、もう、一時間しかないですよ。お戻りください」

「顔色が悪いな」

「将軍、向井……彼は今どこに……」

「俺と共に、艦の最後尾。艦体管理室にこもっている。もう鍵も閉めてきた」

「艦体管理室って、最初に切り離されるところじゃないですか。鍵だって、内側からは開かない」

「なぜそんな……」

「大気圏を抜ける際、機体を守る装置にミスが生じてね。自動作動の修理には時間が足りなかったから、手動で動かすしかない。勿論、そんなことをしたら普通の人間でも木っ端微塵だ。でも、誰かがやらなければならない。加えて、そんなことをできるのは天才科学者・向井紫恩しかいない」

「伊達将軍、あなたはご子息を殺す気ですか!!」

「君はリーダー失格だね。優秀だが“全”より“個”を見すぎだ。そんな君に言伝がある」

「言伝……」


 美成虹――

 俺と君の子供は、幸せを手にすることが出来た。こんなに、想ってくれる女ができた。

 

 軍に召集され、咎められ続けても、美成虹は常に笑顔だった。そうですね、そうですね。けれども、私はやめません。何度閉院を要求されても、突っぱねる。芯の強い女だった。

 苦しいだろうに。でも、彼女の笑顔はどこから来るのか不思議でしょうがない。

知りたい。それを恋だと思うのに、そう時間はかからなかった。



「君は愛する男を止めないのかい」

「……彼の意思は、しっかり受け止めました」

「紫恩は幸せ者だな。美成虹にそっくりだ。理想にまっすぐで、周りが見えなくなるから辛い時に辛いと言えず、抱え込む。彼女は、虹が好きでね。希望の橋だと言って、良く笑った。自分の名前が誇らしいとも言っていた。生まれた子供の名前に色を入れたのもそのためだ」

「……そろそろ時間ですよ」

「行かないのか」


「私は、東アジア宇宙第三ステーション移住計画隊本隊長、凛田紅莉です」



◇◆◇



 離陸準備完了――

 離陸準備完了――


「萌田、サードまでの飛行路に狂いはないな」

「あるわけないですよーう」

「坂登。計画参加者の搭乗率は」

「百パーセントです」

「わかった。西谷は有事の際に備えて医務室に待機。黄河、宇宙空間と機内環境のバランスはどうだ」

「大丈夫、問題ありません」

「伊東、マニュアルモードでの操縦は完璧か?」

「はい」

「皆、決して長くない期間、よくやってくれた。私からの無茶ぶりも多かったと思う。これが最後の業務だ」



――国際宇宙開発連合、国際宇宙開発連合。こちら、東アジア宇宙第三ステーション移住計画隊本隊長、凛田。準備完了。はじめます。



――GOOD LUCK。東アジア圏宇宙軍に幸あれ


――サード移住計画対応巨大輸送艦、レボリューション。発射!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る