<迷惑なだけのLOVE LETTER―RINDA Akari>

 軍立宇宙大学一年の冬。講義が終わり女子寮に戻ると、私の部屋のポストにカードが入っていた。

 寮のセキュリティは徹底している。郵便配達員でも二重三重の検査を受けなければ、敷地に入ることすら許されない。もっとも、手紙、というものが減少傾向にあり、郵便局のお世話になるのは、東アジア圏の慣習である暑中見舞いや年賀状だけだ。

 だから、驚いた。両親は手紙なんて送る人間ではないし、周りにそういうことをしそうな人間はいない。恐る恐る中を見ると、手書きでたった一言。


“戦略科一年 凛田紅莉様 愛しています”


 今まで異性と付き合ったことはあるし、結婚願望がないわけではないが、名乗りもしないラブレターは私の心に猜疑心を植え付けた。

 角ばった文字から男子だとは推測できたが、軍立宇宙大学の男子学生の比率は八割と高く、特定するのは難しい。どう対処していいのか分からず、大学の実技が忙しいのも重なって、何のアクションもしないまま三週間が過ぎた。


“戦略科一年 凛田紅莉様 愛しています”


 再び投函されたポストカードは、やはり同じ文面で。さらに今度は、寮の管理人の元に、匿名で赤いバラの花束が贈られてきた。

 何もしないのが一番いい、気にせずに過ごすこと二週間。


“戦略科一年 凛田紅莉様 照れないで結構です。言わずとも、あなたの気持ちは分かっています。あなたの美しい姿を、ずっと横で見ていたい”


 普通の女性や面識がある男性なら、クラクラしてしまうのだろう。しかし、残念ながら私にそんな可愛い性格を備わっていないし、もしあってもそう思える気がしなかった。花束の次の貢物が、寮での隠し撮り写真なのだから。

 貢物は段々エスカレートし、どこから拾ってきたのか私の幼少期の写真、私の行動を網羅したメモ、勝手に書かれた履歴書――

 この男はストーカーだ。決定づける物的証拠はいくらでもあった。



「分かった、洗い出してみよう」

「ありがとうございます」

事務課に相談すると、すぐに調査が開始された。大学で一番偏差値の高い戦略科に首席合格した私は、なにかと優遇されることが多い。

 このご時世、学生一人の事情の為に労力を使う教育者はいない。ましてや東アジア圏の未来を担う宇宙大学である。学生の成績イコール結果という等式が当たり前の中、交友関係まで面倒を見てもらえるのは異例中の異例なのだ。

 その分、結果を出さなければいけない。ミスは許されない。その為には、このストーカー騒動を片付けなければならない。いくら何でも不愉快な日常を送りながら最高の成果を出す自信はない。

「凛田さん」

 事務課を出て、大きく深呼吸をして心を整える。それから寮に向かうと、寮で隣の部屋に住む、医療科の先輩が立っていた。

「ストーカーだって? 大変ね」

「……はい。それなりに」

「どうして知ってるかって顔、してるね」

「バレましたか」

「あんた、むかつくのよ」

「何を……?!」

「医療科二年生、総出であんたを潰すわ」

 出る杭は打つ。よくある話だ。

 迂闊だった。

 彼女は医療科のリーダーで、同級生を指示通りに動かせると噂は聞いていたのに。

「なあ、ほんっとうに、好きにしていいのか? 戦略科のやつらが乗り込んできたら厄介だ」

「大丈夫よ、手は打ってあるから」

 現れた男子学生二人に両腕をつかまれ、体の自由を奪われる。

「戦略科二年に、私の幼馴染がいるの。もみ消すくらい何とでもなる。あ、教えておいてあげるけど、その二人、あなたのこと好きらしいわよ」

「……最初のメッセージカードは個人的なもの、次からは先輩の指示のもと。二回目からついてきた趣味の悪い貢物は、先輩が用意されたんですね。女子寮での写真なんて、なかなか撮れない」

「そういうところがむかつくのよね。ほら、心優しき凛田さん、慰めてやってよ。男たちをさ。そいつらはあなたに恋心を抱いている」

 恋心。今まで経験したそれと、随分違う展開だ。


 こんな感情は早々に捨てるべきなのか。

 ケッコンは女の倖せというが、私の倖せは人類の倖せなのだ。

 こんなものに付き合っている時間は、ないんだ。


「先輩に感謝します。私の使命を思い出させてくれたことと、私を拉致するのに事務課近くを選んでくれたこと。今、被害届を出してきたばかりです」

「はあ? 事務課は事務特化でしょ。学生の生活の世話なんて見るわけないじゃない」

「受理されたばかりです。きっと私が大声を出したり、アクションを起こせば誰かしら出てくる。そうすれば、あなた方は退学でしょうね」

「強気な女は嫌いじゃないぜ」

「……あなた方二人に言いたいことは、この言葉で足ります。英語、という古代語ですが」

「なんだよ」


a vulgar personていぞく


「っ……!」

 女学生は、怯んだ。どうやら私を拘束している二人より教養があるらしい。

「行くわよ!」


翌日、隣の部屋は空になった。密告者がいたのか、事務課が気づいたのか――それは分からない。


 将来を任された身として、色恋で気持ちが揺らいでは意味がない。揺らぐのなら、そんな思いは捨ててしまおう。求められているのは、きっとイレギュラーを逆手にとって逆転するぐらいの能力なのだから。



 そう決意した、大学一年生の冬。たった一ヶ月の些細な出来事が、今の私の芯を作っている。あの年は大寒波で、寮に向かう道はとても寒くて。吐く息も白かった。

 それが私の決意を固めたことを、今でも鮮明に覚えている。

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