第2話:ウソ!?

 璃玖が私の電話をずっと待ってた?頭の中が真っ白になった。誰かにだまされてるとしか思えない。


「あ、あの、なんなんですか?あなた。なんで私の名前知ってて、その……」


「きみ、宇宙だよね?」


 璃玖の声は落ち着いていて優しかった。私の知ってる、私の大好きな璃玖そのものだ。


「そうだけど……」


 口ごもる私に、璃玖は聞いた。


「俺のこと、好き?」


「好きです! めちゃくちゃ好きです! 絶対、誰にも負けないくらい」


「なら余計なことは考えないで。俺が宇宙を待ってたんだ。だから宇宙は俺に電話したんだ。それでいいんだ」


「それでいいの?」


「いいんだよ」


 璃玖の口調はキッパリしていた。


「明日また電話する。遅くなるかも知れないけど、平気?」


「へ、へいき」


「良かった。じゃあ、今日はもう遅いから。おやすみ」


「おやすみなさい……」


 電話は切れた。手が震えていた。私、ホンモノの璃玖と話したの?信じられない。テキトーにかけた番号が璃玖につながった。璃玖は私の名前を知っていた。私からの電話を「ずっと待ってた」と言った。「明日また電話する」って言った。こんなこと、本当に現実なの?眠れなかった。眠ってしまうのが怖かった。目が覚めたら、夢みたいな現実が、本当の夢になってしまいそうで。ポスターの中の璃玖が、カーテンの隙間の月明かりに照らされて、私を見つめている。長い前髪の向こうの涼しげな、優しい、少しかなしい瞳……。


「ウソでしょ!?」


 朝のバスの中に真希の甲高い声が響いて、サラリーマンやOLが一斉にこちらを見る。


「ちょ、ちょっと大きい声出さないでよ」


「ごめんごめん。だって、ホンモノが電話に出るなんて。宇宙の名前知ってたなんて。“ずっと電話待ってた”なんて。“明日また電話する”なんて……」


「ありえない、よね?」


 私たちは同時に言った。


「けど、すごいね。マジ、ミラクルじゃん!」


「まだ信じられないんだ。だって……」


「え? 聴こえないよぉ。あんたの声、変わってるから……」


 私の低めでハスキーな声は、真希の可愛らしい声と違って聞き取りにくいらしい。


「ミラクルにしてもできすぎだと思わない? 誰か私が璃玖のファンだって知って、だまそうとしてるんじゃないかって」


「でもさ、宇宙からかけたんでしょ? しかもテキトーな番号で。そんなことできるかな」


「だからこそ、怖いんだよ」


 私たちは顔を見合わせた。


「かけて……」


「みちゃおうか」


 考えていることは同じだった。


「いや、ダメだよ。まだ寝てるよ。起こしたらかわいそうだよ」


「璃玖は今日、なんの仕事?」


「火曜日だから、『ミュージックチョップ』の収録。13時にOMG入りだけど、オムハヤシ時間で12時ちょいには入ると思う」


「オムハヤシレストランて、一般人も入れるんだよね。昼休み、抜けて行ってみない?」


「え、マジ?」


「マジ。」


 真希の目がキラリと光った。授業中はいつも以上にうわの空。数時間後の作戦のことでいっぱいだった。私と真希の作戦はこうだ。璃玖はOMGに行くときは、いつも早めに入ってレストラン『長寿庵』名物のオムハヤシを食べるのを楽しみにしている。だからお昼休みと同時に学校を抜け出し、『長寿庵』に張って璃玖を待ち、入ってきたところで私が璃玖に電話をかける。そこで電話に出れば、昨日の璃玖はホンモノということになる、というわけだ。


 4限目終了のチャイムとともに、私たちは私服の入ったバッグを手に学校を飛び出した。OMGまでは30分あれば行ける。


「長寿庵に来なかったら、どうしよ~。もう食べ終わってるかもだよ?」


 そんな弱気な私を真希が「うるさい! とにかく行くの!」と一喝した。ジャスト12時30分、OMGが目の前に見えてきたときだ。正面玄関につけた黒いバンから、璃玖が降りてきた。


「宇宙、早く! 電話!」


 私はもたつく指で昨日の発信履歴から“璃玖”を押した。プルルプルルと2回、呼び出し音が鳴った。

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