約束のカケラ

ZorA

第1話:ミラクル!?

 璃玖が私のものになればいい。本気でそう思う。璃玖は人気ダンスグループのメンバー。ごく普通の高校生の私の手の届く相手じゃない。99%は私だって分かってる。だけど、1%のわずかな、でも圧倒的で絶対的な“もしも”と100%の本能が、それをくつがえすんだ。小雨の降る5月の日曜の公園で、細い身体で、白い頬を染めて、放れたての魚のようにしなやかに踊っていた璃玖を見つけて、動けなくなったのは、もう4年も前のこと。それから彼はあっという間にトップスターになり、私は一日、一日と璃玖への気持ちを熟成させてきた。


「!! 朝からどこ行っちゃってんのよ?」


 声のした方を見ると、同じクラスの真希が制服の肘を引っ張っていた。


「あ、ごめん。ぜんぜん気付かなかった」


「また、璃玖のこと考えてたんでしょ?」


 私は曖昧に笑顔をつくった。真希は私のことを“イタい子”だと言う。


「もったいないよ。広瀬にも高梨にも告られたのに断わるなんてさぁ~」


「だって……」


「璃玖じゃないんだもん」


 真希が続きを奪った。


「分かってるなら聞かないでよ」


「そうだ。クリスマス、宇宙と遊べなくなったから」


「もしかして?」


「そ。西多くんと一緒なの」


「そっか。良かったね」


 真希はうれしさをこらえきれないように肩をすくめて、くくくと笑った。


「内緒にしてて、ごめんね」


 恋する女の子は、いつもかわいい。バスの窓から、璃玖たちが出演しているチョコレートのCMの大きな看板が現れて、流れた。大きい。あまりにも、璃玖は。


「ねぇ、どうやって西多くんの番号知ったか聞きたくない?」


 真希がいつもより鼻にかかった声で聞く。西多くんは友達のお兄ちゃんの友達で、真希は一回しか会ったことがなかったのだ。


「まぁ、聞きたい」


 本当はどっちだっていい。


「“その気”になったの」


「なに、それ?」


「ケータイに西多伸之って名前登録して、もう番号知ってる気満々になったの。そしたら1週間もしないうちに、西多くんから電話がかかってきたの」


「ホンモノから?」


「うん。すごいよ。ミラクルだよ。愛のチカラってやつだよ。宇宙もやってみなよ。璃玖から電話かかってくるかもよ」


「なに、寝ぼけた事言ってんの」


 璃玖は私の存在すら知らないんだから。これでも真希が思っているより、ずっと現実主義なんだ。だからこそ、この恋が苦しいのに。


 その日一日、頭の中で真希の言葉が何度も何度も繰り返された。“その気になる”って……?私は部屋のベッドに寝転んで、ケータイの新規作成画面を開いた。そして、ゆっくり“璃玖”と打ち込んでみた。その名前を今日まで何百回、何千回、心の中で呼びかけたか分からない。でも、こんなふうにケータイのアドレスに名前を入れるのは初めてだ。甘いような酸っぱいような苦しいような、変な気持ち。璃玖の番号て、どんなだろう。いつの間にか番号がバレちゃうから、しょっちゅう変えなきゃいけないって、なんかの雑誌で言ってたな。きっと、090じゃないんだろうな。適当に番号を入れてみた。080××××××××。“璃玖”って名前の下にあると、なんとなくホンモノっぽく思えてドキドキする。なんだかミラクルさえ起こりそうな気がする。かけてみちゃおうかな……。深呼吸して発信ボタンを押した。


 プルルプルルと発信音がして、3回コールで「もしもし」と男の人が出た。ちょっと璃玖の声に似てるような気がする。「あ、もしもし?璃玖?」条件反射でそう言ってしまった。どうしよう。これじゃ本当のイタい子だ。


「ごめんなさい、私……」


 いたずら電話です、と白状しようとしたそのときだった。


「もしかして、宇宙?」


 電話の向こうの声は否定しないどころか、私の名前を言い当てた。


「俺だよ。ずっと電話待ってた」

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