第50話《予想通りの間抜けた顔》

ここは世田谷豪徳寺・50(さくら編)


《予想通りの間抜けた顔》





 なんと、原作者が京都駅から乗り込んできた。予想通りの間抜けた顔だったが、なぜか喪服だった……。


「先生、どうしたんですか、その喪服?」


「大橋先生!」「お、はるか!?」の驚愕の声の後に、はるかさんが聞いた。


「今日は、オカンの納骨でな。ついでに東京の出版社にいくとこ」


「なんか、とんでもないついでですね」


「あ、このナリか? それとも京都から、東京はついでにしては遠すぎてか?」


「「あ、両方」」


 あたしと、はるかさんの声が揃った。


 大橋先生は、そのまま、あたし達の横の空いている席に居座った。


「おれ、出不精やさかいなあ。なんかキッカケでもなかったら、箱根の向こうになんか行かれへん」


「新幹線の中で出会うの二回目ですね」


「ああ、はるかが、みんなだまくらして、南千住に行った時以来やな」


「その節はお世話になりました」


「しかし、まあ、離婚したお父さんを東京まで説得に行こういうのは、はるからしいスットコドッコイやったけどな」


 この会話だけで、はるかさんの苦しかった高校生活が偲ばれる。


 親の離婚で、名門乃木坂学院を辞め、大阪のありきたりの府立真田山学院高校に転校。読者の中には、お父さんといっしょに南千住に残っていた方が、両親の復縁には効果的ではなかったかと言う人もいる。


 でも、はるかさんは見抜いていた。お母さんは別れてしまったら、それっきりのサバサバした性格。だから、お母さんに付いて大阪に来た。そのほうが、自分が両親の接着剤になれると思ったから。


「はるかの『運命に流されない!』いう片ひじの張り方は好きやで。で、片ひじ張りながら、結局は流されて。空振りになってしまうんやけど……」


「もう、言わないでくださいよ」


「そやけど、その空振りが、トンでもない運命のボールをかっ飛ばす。せやろ、お父さんは、さっさと再婚決めてしもて、はるかは荒川の土手で大泣きするしかなかった。せやけど、それがお父さんと奥さんの秀美さんを、ごく自然なカタチでお母さんとお父さん夫婦の縁を作った。そんで、その時の痛手が、演劇部の芝居に活きて、あっという間に、女優さんや」


「ま、それはそうですけど。そのときそのときのわたしは、とても苦しかったんです……でも、そうですよね。苦しみの無い青春なんて、サビ抜きのお寿司みたいなもんですもんね」


「いいや、ネタ抜きの寿司ぐらいにちゃう」


「どうも、でも、今のはるかがあるのは先生のお陰です」


「そら、ちゃうで。はるかは、おれと出会わんでも、いつかは、だれかの目に止まってたと思う」


「いや、やっぱり『すみれの花さくころ』に出会ってからですよ。あれが無かったら、お父さんとの『さよならだけどお別れじゃない』は活きてきませんでしたから」


「そら、かいかぶり。はるかにはそれだけの力があった。銀熊賞とった黒木華も、別に、あの高校やら短大行かんでも芽の出た子ぉやと思う。ただ、そういう縁を大事に思てくれるはるかは好きやし、はるかの値打ちやと思うで」


 そこで、あたしのお腹が鳴ってしまった。


「お、もう飯時やな。自分ら美味そうな駅弁持ってんねんな」


「あ、これはさくらちゃんが選んだんです」


「はい、選びすぎて乗り遅れ寸前でしたけど」


「はるか、列車の入り口で振り返っとったやろ」


「ええ、なんで分かるんですか?」


「こいつは、そういう乗り遅れた人間に気を遣いよる。ええ顔しとったやろ」


「はい。お話の中で、お父さん達を見送ったときの顔でした」


「うそ、ほんと?」


「はい!」


 あたしが返事すると、大橋先生が手を上げた。車内販売のオネエサンを見つけたようだ。


「これと同じ弁当……は、あれへんねんなあ。ほんなら幕の内」


「はい、幕の内でござい……あ、大橋先生やないですか!?」


「え……ああ! イケイケネーチャンの岸本!」


 オネーサンの目に、みるみるうちに涙が溢れてきた……。

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