第49話《勢いで頷いてしまった》
ここは世田谷豪徳寺・49(さくら編)
《勢いで頷いてしまった》
ワケてん7の台本がきた。
正確には『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』という。
坂東はるかさんの高校時代、ドラマチックな青春の7カ月を描いた前評判十分な小説の実写版。
四月の下旬には本屋さんの店頭に並ぶ本なんだけど、前評判が高いので、夏に封切りの予定で映画化することになり、はるかさんの推薦で、あたしは、はるかの親友・鈴木由香の役を頂いた。
「今度、ワケてん7の実写版やるんだけど、さくらちゃん、出てくれないかな」
まるで、コンビニにお使いに行くような気楽さでお花見の最中に言われた。
「あ、はい」
と、軽く返事した。正直頭の中は花より団子で、このあとどこでお昼にしようかと思案中だった。
「……え、『ワケてん』映画化するんですか!?」
「うん、ちょっとハズイんだけどね。ちょっとピュアな青春映画……大昔の日活青春ドラマじゃあるまいし……とは思ったんだけどね……けどね」
「『けどね』が多いですね」
「だって、自分が主人公の映画だよ、正直不安。で、キャストの一部を、わたしが選んで良いって条件で引き受けた」
この時点では、舞い散る桜の花びらみたいにエキストラに毛が生えたような役だと思っていた。
多分、東亜美と、住野綾とかの、はるかのイジメ役。ラストで和解して、ちょっと仲良くなる。その程度の役だと思っていた。
「親友の鈴木由香をやってもらいたいの」
「ギョエー!」
「ハハ、ギョエーは、わたしよ。わたしの、あの7カ月は、今時めずらしいピュアなお話らしいのよ」
そう言って、はるかさんは、まわりに一杯いる家族連れに目をやった。
「みんな仲の良い家族に見えてるけど、家族の絆って、案外もろいんだよね。高校生のころのわたしは気づかなかった。それだけの話なんだけどね」
それだけなんてもんじゃない。
あたしは原作になった『はるか 真田山学院高校演劇部物語』を読んでいるから分かっている。
元は成城にお家があるIT関連会社の社長の一人娘。それが会社の倒産で、実家の南千住にある従業員三人の印刷会社の名ばかり専務の……要は下町の女の子になった。
そして、高校二年になったばかりで両親が離婚して大阪へお母さんといっしょに引っ越し。そこから、さらに苦労が……そこまで思い出していると、はるかさんが、まるで後を続けるように言った。
「わたし、時間と努力があれば家族って、取り戻せると思ってた。だから、お金貯めたり借りたりして南千住にもどったら、お父さんには秀美さんて、新しい奥さんがいた……」
「あの荒川の河川敷で大泣きするシーン、感動的でした!」
「あそこ一番ハズイの。普通の子だったら、親が別れたら、『あ、そう』てなもんらしいのよね」
「でも、あれがあったから、みんなの絆が強まったんじゃないですか」
「結果的にはね。わたしは、そんな自覚なんにも無かったけど」
で、あたしは、核心に入った。
「だからこそ、今時貴重な愛の物語に……鈴木由香って、それに大きな影響あたえるんですよね?」
「そうよ。カレはもってかれちゃうし、シバキ倒して、わたし停学になっちゃうし。でも、心の友なのよね」
「あれって、カレの吉川裕也をシバキ倒そうとしたら、由香が間に入って、シバカれるんですよね」
「うん、あの痛みは今でも覚えてる」
「は……?」
「シバいた人間も痛いんだよ……ま、この役はさくらちゃんじゃなきゃ務まらないからよろしくね!」
「は、はい」
勢いで頷いてしまった。
「ああ、お腹空いてきた。お昼にしようか!」
「はい、ちょっと適当なお店検索してみますね」
スマホ出してスイッチ入れたら、はるかさんが、その手をさえぎった。
「お昼は手配済みだから」
公園の向こうから、お弁当のデリバリーのオニイサンがやってきた。
ま、こんな調子でハメられたと言っていい。由香の役は正直重い。
なんたって、全編大阪弁なのよ!
それに、明日からは高校二年生。あたし自身将来のこと真剣に考えなきゃ。
あたしは、まだ女優を専業にする覚悟はできていなかった。
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