第48話《ドゴール空港》

ここは世田谷豪徳寺・45(さつき編)

《ドゴール空港》





 コクピットは人でごった返していた。


 最初の原因は機長の病気だった。


「機長に、突発的な脳障害がおこって暴れだし、それを制止しようとした副機長が突き飛ばされて頭を打ち、脳内出血をおこし意識不明になったようです。一応機長には麻酔を打っておいたから、暴れ出すことはありませんが、二人とも命の危険があります」


 乗客の中に居合わせた医者が、機長と副機長の面倒をみている。他に、ナースやCAなどで777のコクピットはいっぱいだった。


「この二人は動かせないよ。命にかかわる」

「しかたない。一佐は副操縦士席に、さつきさんは……」

「あなたの後ろにいます」

「じゃ、そこのエキストラシートに。あとの人たちは出てください。ドクター、多少揺れるかもしれませんので、気を付けてください」


 レオタード君は、ヘッドセットを付けると、ドゴール空港のスタッフと連絡をとった。


「わたしは、タクミ・レオタール。日本の自衛隊員です。777はシミレーションでの飛行経験が200時間ほどあります。実機は初めてですが、なんとかやります」

「君の腕を信じよう。滑走路は君たち専用に空けてある。好きなように着陸したまえ。万全の準備を整えて待っている」

「ありがとうございます。こちらも万全を期します」

「きみの英語にはフランス語なまりがあるね。苗字もフランス人みたいだが?」

「父がフランス人で、空軍のパイロットでした」

「ほう、じゃ、君もパイロットなのかい?」

「残念ながら、陸上自衛隊です。施設科……工兵ですが、兵科の中では何でも屋です。なんとかしますよ。ちなみに、横には連隊長の小林大佐が、後ろにはガールフレンドがいます。いいところを見せないわけにはいきません。では、ただ今より手動に切り替えます。乗客のみなさん。これから操縦は日本の自衛隊のパイロット、タクミ・レオタールが行います。軍人の操縦なので、多少荒っぽいかもしれません。シートベルトをお忘れ無く」


 レオタール君は三カ国語で機内放送をしたあと、手動操縦に切り替えた。


 で……多少ではなく揺れた(^_^;)。


「操縦桿の具合をみるために少し揺れましたが、単なるテストです。ご心配なさいませんように」

「これが成功しても、空自に鞍替えなんかせんだろうな?」

「はい、でも、フランス空軍からオファーが来たらどうしましょう?」

「今や、レオタールは、自衛隊の防衛機密だ。職権で、わたしが断る」

「わたしの交友機密であることもお忘れ無く。それもファーストシートだから」

「ハハ、エコノミーに落とされないようにがんばるよ。じゃ、着陸態勢に入ります。一佐、よかったら命令してくれませんか。その方が気合いが入ります」

「よし、レオタール。着陸仕方ヨーーイ……かかれ!」

「かかります! 機速150ノットへ、ギア降ろし方用意……フラップ全開」


 速度の落とし方が、やや早かったので、一瞬エレベーターが降下したような浮遊感があったけど、フラップが効いて姿勢が安定した。


「着陸姿勢、右に三度修正……」


 わずか三度の修正でも、大きな機体は反応が大きい。左側にGを感じた。


「ようし……軸線に乗った。機首上げ三度……高度100……80……50……30……10……ランディング。エンジン逆噴射!」


 思ったよりも、ずっとスム-ズに着陸できた。客席から拍手と歓声があがる。


「やったね、レオタード!」


 あたしは、思わずシートベルトを外して、シートごとレオタード君にしがみついた。レオタード君が汗ビチャなのに気づいた。


「レオタール、ブレーキをかけたほうがいいんじゃないか?」

「あ、忘れてた!」


 777は二百メートルオーバーランして止まった。


 あたしの交友機密のファーストクラスにレオタード君は、消えないインクで記載された……。

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