第47話《コクーン・4》
ここは世田谷豪徳寺・47
《コクーン・4》
――どなたか、ジェット旅客機の操縦が出来る方はおられませんか!?――
機内放送が、日本語、英語、フランス語で、喋り始めた……。
「どうしたんでしょ?」
「……これから詳しい事を言うだろう」
小林一佐の言うとおりだった。数秒の沈黙のあと、別のCAがフランス語で喋り始めた。
「機長と副機長が二人とも身体的な理由で、操縦ができません。自動操縦で飛んでおりますので、今すぐ危険だというわけではありません。ただ、このままでは着陸ができませんので、どなたか操縦できる方を探しております。出来る方がおられましたら、近くのキャビンアテンダントまでお知らせください」
早口で、少し聞き取り辛かったが意味は分かった。フランス語の分かる少数の乗客に動揺が走った。続いて英語、日本語、そして中国語と別のCAがアナウンスした。
「いかん、クルーがパニック寸前だ。母国語を喋るCAが、それぞれ話しているぞ」
あたしたちがいるビジネスクラスにも動揺が走った。女性のCAが、こわばった笑顔で通路を歩く。
「どなたか、操縦出来る方……」
かえって乗客の不安をあおっている。
「大丈夫、これはボーイング777だ、400人以上乗っている。一人ぐらいいるさ。落ち着いて」
小林一佐が、CAの手を取り、優しく言った。軍服の力だろうか、キャビンは少し落ち着いた。しかし15分が限界だった。CAが三度目にやってきたときには、またキャビンに動揺が走り出した。
「さっきの軍人さん。あんたら出来んのかね!?」
アメリカ人らしいオッサンが、小林さんに言った。
「申し訳ない、わたしはアーミー(陸軍)でね。いや、きっと経験者がいますよ。今頃手を上げるタイミングを計ってるでしょう」
「ああ、きっとル・モンドが注目するのをね」
アメリカのオッサンは、こんなときにもユーモアを忘れない。ル・モンドとは、フランス最大手の新聞社だけど、直訳すれば「世界」だ。そんなことを思いながらも、あたしは手足が冷たくなって行くのを感じた。
「そんなに寒がらなくてもいい。ボクがなんとか……してもいいですか、サンダース?」
「君がか、レオタール?」
「父はフランス空軍のパイロットでした」
「で、君は、陸自の施設科だぜ」
「施設科のモットーは、利用できるモノはなんでも利用しろ。そして、最後まで諦めるなです。大丈夫、777はシシミュレーターで何度もやっています」
「実物は?」
「自衛隊でもシミュレーターのあとで、本物に乗せてるじゃないですか」
「じゃ、この777のコクーンは君が預かれ」
一瞬真剣に目を見交わしたあと、レオタード君が立ち上がった。
「ボクが操縦します。交通違反で免停中ですが、腕は確かです」
レオタード君は、三カ国語で話して、乗客の人たちから拍手をもらった。
「責任上、わたしが上官として立ち会います。そして、精神的なサポーターとして、このさつきさんにも付き添ってもらいます」
「え……」
「無事成功の暁には、連隊長であるわたしが、二人の仲を公認いたします」
小林一佐が、とんでもないことを言った。
「この特別なオペレーションとカップルの出現に、元アメリカ海兵隊大尉として立ち会えることを光栄に思います。大佐!」
「サンキュー、メルシー、ありがとうございます」
レオタード君は、三カ国語で礼を言って、あたしの肩に手を回した。その手が震えていることは、あたしの生涯の秘密にしようと誓った。
「大佐、よければ、このオペレーションに名前を付けさせて下さい」
アメのオッサンが言った。
「ほう、オペレーション・トモダチ・2とか?」
「いいえ、『オペレーション・コイビト』であります」
パチパチパチパチ!
キャビン中から前にも増す拍手が起こった……。
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