第42話《現実版 はがない・3》

ここは世田谷豪徳寺・42(さくら編)

《坂東はるかの「はがない」》




 ダメモトでメールを打った。


 そうしたら、坂東はるかが本当に来た!


「いま豪徳寺の駅。どう行けばいいのかなあ?」


 電話がかかってきたのでタマゲタ。なんたって昨日の今日だ。駆けだしで、その駆けだした足も半分しか上げていないあたしは、日曜の半分はお休み。でも、本当にはるかさんが来るとは思わなかった。

 なんとか、自然なお礼と、励ましの言葉を考えていたら、単純な脳みそが「じゃ、呼んであげたら?」と答を出した。


 あたしは「直ぐ迎えに行きます」と返事して、トレーナーに半天だけという、お隣に回覧板回すような格好で、豪徳寺の駅に向かった。


 改札の前に、はるかさんは待っていた。


 ジーンズにザックリした男物の革ジャン。で、スッピン。いつもの営業中のオーラはない。髪はポニーテールとヒッツメの中間。人が見たら、きっと、こう言うだろう。


「きみって、残念なときの坂東はるかに似てるね」

「ね、二人乗りしていこうよ」


 はるかさんが、自転車の後ろに跨ったときに、北側警察の香取巡査が、デニーズの角から現れた。


「あ、二人乗りだめなんだよね」

「あ、香取さん」

「あ、さくらちゃんじゃない。有名になっちゃったね、がんばってね。そっちお友達? さくらちゃんいい子だから。いい休日を」

「は、はい、どうも」


 香取巡査でも、はるかさんには気づかなかった。


「はるかさんの、オンオフってすごいんですね。誰も気づかない」

「さくらちゃんのおかげよ。わたしリラックスしてんの」


 で、仲良く自転車を押して桜ヶ丘の我が家に向かった。


「うわー、なんだか、昔住んでた大阪の高安に似てる。三階建てなんだ、大橋先生んちといっしょだ」

「だれですか、それ?」

「わたしをこの世界に引きずり込んだ……まあ、恩人てことにしときましょう。この革ジャン、先生のガメテてきちゃったの」

「へえ、そのへんの話も面白そう!」

「ま、近いうちに本が出るから読んでちょうだい」

「あ、『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』ですよね。ただいまあ、はるかさん来たわよー」


 インタホンに呟くと階段の上の玄関を開ける音がした。


「どうも、急にお邪魔しちゃって。さくらさんにお友達していただいている、坂東はるかです。せっかくの日曜にに押しかけてすみません」

「いいんですよ、うちは日曜とか関係ないから。どうぞ、お上がりになって」


 それから大人同士の挨拶になり、はるかさんはお土産に伊勢のエビせんべいをくれた。


「わたしの、好物なんです。きっとみなさんも好きだろうって、思いこみですみません」

 で、とりあえず、リビングで、エビせんべいを開いてお茶にした。

「へえ! お母さん作家なんですか!?」

「ハシクレですけどね(^_^;)」

「うちの母も作家なんです。坂東友子、ご存じないですか?」

「え!? 知ってるわよ! いっしょに出版社の文学賞もらったから。わたしの少ない作家仲間よ。そうか、トモちゃんの娘さんなんだ!」


 人間というのは、思いがけないところで繋がりがあるみたいだ。


「そう、トモちゃん。うちに娘さんが来てるのよ。どこの?……あんたの娘に決まってるでしょ。今替わるから」

「あ、お母さん。はるか……うん、元気……たまに大阪行っても、お母さんスケジュール合わないんだもん……はいはい、心がけておきます」


 親子の電話は、それでおしまい。あたしたちは、三階のあたしの部屋に行った。


「ハハ、懐かしいなあ、この散らかりよう」

「もう、お母さん、ちょっと片づけてくれたらいいのに!」

「ぜいたく、ぜいたく。それに、これくらい散らかってる方が落ち着く。大阪の友達で由香ってのがいるんだけどね、この人の部屋は、片づけすぎて落ち着かないの」


 とりあえずフロ-リングのあれこれだけ片づけて、電気カーペットのスイッチ入れて、二人そろって足を投げだした。


「あ、『はがない』は『私は故郷がない』の略っての、どう!?」


 はるかさんは、ミゼラブルなことをオヤジギャグみたいに言った。   

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