第25話《え、うそ……!?》
ここは世田谷豪徳寺・25(さくら編)
《え、うそ……!?》
歳のわりに『なごり雪』が好きだ。
東京で見る雪は最後ねと さみしそうに きみが呟く……
なんてフレーズはたまらない。歌い出しのとこも好き。
汽車を待つ君の横で ぼくは時計を気にしてる 季節はずれの雪が降ってる……
『なまり歌』の鹿児島弁バージョンを聞きながら、兄貴と明菜さんの品川の別れの写真を見ている。
アツアツで入れたココアがすっかり温くなって、薄い膜が張っている。
あたしは、なんとか写真から恋人同士の別れの情感を汲み取ろうとしたんだけど、数十枚撮ったどれを見ても、情感の情の字もない。
さみしそうに呟くこともなく、時計も気にしない。「さようなら」がこわくて俯くこともなくヘラヘラする兄貴。なんとも絵にならない。
どう見ても、いつも出会っている知り合い同士が、何気ない会話をしているようにしか見えない。
スマホを置いてココアを飲む。薄皮がキモイが一気に飲み込む。
「アチッ!」
思ったより、中は熱かった。と、閃くものがあった。
さみしそうに呟くことも、時計を気にすることもないほど、この二人の想いは熟している。だから妹にも、それとなく見学させた。
平然とした、その態度の中には意外に熱いものが隠れているのかもしれない!
暖かいココアと共に胸を満たすものがあった。
「ちょっと、じゃま」
お母さんが、洗濯物のカゴを持って、あたしを跨いで行った。
あたしの部屋は三階の六畳だけど、ベランダの物干しと直結していて、今みたいにタイミングが悪いと、お母さんに跨がれてしまう。それに、元々和室だったとこをフローリングの部屋にしたので、ドアなどという気の利いたものは無い。襖のような引き戸なので、音楽なんか聴いていると気配に気づかないこともある。
ベチョ。
足首に冷たい感触……目を向けると、お風呂で下洗いした自分のおパンツが転がっている。きちんとカゴに押し込んでいなかった自分が悪いんだけど、どうにも胸くそが悪い。
「渋谷に映画観にいってくる」
――いいご身分ね――
背中で、そう言ってるお母さんをシカトして、おパンツを洗濯機に放り込むと、ピンクという以外に可愛げのない機能性だけのブルゾン羽織って家を出る。なんとなくだけど『宇宙戦艦ヤマト』の最新作を観る気にはなっている。
豪徳寺のホームに立つと、いきなり腕をつかまれた。
「え……?」
そのままホームのベンチに座らされたかと思うと、そいつはジャケットの襟を立て、毛糸の帽子を目深にした。
「四ノ宮クン……!」
「シ……後ろは見ないで!」
そう言って、ヤツは馴れ馴れしく腕を、あたしの肩に回してきた。
背後の階段から、三人ほどが駆け上がってくる気配がしたが、言われたようにシカトして、直後にやってきた電車に乗った。
「あ……!」
ドアが閉まると同時に、発見されたようで、三人のオジサンとオニイサンがこっちを見送っている。ナリからしてマスコミ関係の人と見当がついた。
「なにか、やらかしたの?」
「世間には暇な人もいるんだ」
あたしが、渋谷に映画を観にいくんだと言ったら、ヤツも付いてくると言う。料金を出してくれるというので、アッサリOK。
が、渋谷の改札を出たところで、アウトだった。
「四ノ宮忠八さんですね!?」
マイクを持ったレポーター風のオバサンを先頭に、カメラさん、音声さん、その他が待ちかまえていた。
「なに、この人たち?」
「すまん、巻き込んじまった」
「元華族の四ノ宮さんが、お家を出られたというのはほんとうなんですね!?」
「横の女性は!?」
え?
訳の分からないあたしであった……。
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