第24話《四日目のさくら》

ここは世田谷豪徳寺・24(さくら編)

《四日目のさくら》





 二日と三日はグータラな正月だった。


 大晦日から元旦にかけては、恵里奈とまくさの三人で、初詣のハシゴをやって、家に帰ってからは一日寝ていた。夕方に起きてトイレに行ったら、兄貴を感じてしまった。

 便座に無防備で座っていたところを開けられたことじゃなく、便座の蓋がスーっとゆっくり閉まったときに。

――ああ、ソーニイが直したんだ。と、シミジミ感じた。


 夕方帰ってきた兄ちゃんは、パソコンで、なにやら調べていた。


 新幹線の時刻表と博多駅の構造を調べている様子だ。


「博多にでもいくの?」

「攻撃するためには、敵の情報を知るのが肝心だからな……」


 それ以上は機密という顔をしてしまったので、あたしは、後出し分の年賀状を書いた。友だちが少ないので年末に出したのは十枚ほどだったけど、三枚番外のがあった。今の担任と中学の担任の先生。そして、白石優奈。


 二日の朝は、兄貴がふらっと近所を散歩するようなナリで出て行った。あたしはバイトに行くお姉ちゃんといっしょに家を出た。第一目標は年賀状を出すことだったけど、ポストが駅前にしかないので、ついでに渋谷にでも出てみようと、定期、お財布、スマホの三点セットを持っている。

「ねえ、あれソーニイじゃないの?」

 デニーズから、ジャケットにマフラーだけという軽装の兄ちゃんが出てきたのをあたしは目ざとく見つけた。

「ちょっと、年賀状は?」

「行った先で出す」

 そう言って、兄貴を追跡することにした。


 ソーニイは、渋谷で山手線に乗り換えた。


 お姉ちゃんと別れたあたしは、品川駅までの切符を買って、あとをつける。

 予感は当たって、兄貴は品川駅で降りて新幹線のホームに向かった。急いで入場券を買って後に続く。

 前から三番目の乗り降りマークのあたりで、新聞を広げ始めたので、あたしは大胆にも隣の乗り降りマークのところで、兄貴の背中を視野に入れつつ立ちんぼした。


 五分ほどすると、明菜さんが、キャリーバッグを引きずりながらやってきた。


 明菜さんは、驚いた様子もなく、兄貴の後ろに立つと、頭をポコンとした。なんだか、約束していたカップルみたいに見える。

 一言二言交わすと、スマホを出し合い、アドレスの交換をしている様子。

 それから、電車が来るまで十分足らずだった。二人は、ほとんど喋らないどころか顔も見合わせない。入ってきたのぞみのドアが開くと、やっと二人は向き合って、握手だけ。明菜さんが乗り込み、発車すると、のぞみの姿が見えなくなるまで兄貴は見送っていた……。


 そして、二日後の四日。再び品川の駅に兄貴といる。ただし横須賀線のホーム。


「さくら、付けてくるの、ヘタッピーだよな」

「え……?」

「渋谷から分かってたよ。品川じゃ、さくらが入場券買うの待ってたんだぞ」

「ソーニイ、人が悪いよ!」

「ちょっと早いが、男と女の有りようの観察をやらせてやったんだ。感謝しろよ」

「ソーニイ、自衛隊に入って人が悪くなった」

「ばか、思慮深くなったんだ。昔のオレなら、渋谷でさくらのこと追い返してるよ。観察と分析、戦闘行動の要諦だ。おまえも、もう半分女だ、スマホで撮った明菜の顔とか、よく見て勉強しろ」

 新聞丸めたので、頭をポコンとされた。我ながら軽い音がする。

「今度戻ってきたら……夏かもしれない。父さん母さん頼んだぞ……それから、さつきのこともな。シャト-豪徳寺の東大生は悪い奴じゃない。まあ、歳の離れた友だち程度の気持ちでつきあっとけ」

「え、なんで……」

「観察と分析。とにかくさくらは人間関係ヘタクソだから、勉強しとけ。じゃあな」

「まだ、電車来てないよ」

「兄妹で映画みたいに見送られるのはごめんだ。早く帰って冬休みの宿題をやりましょう。英語がまだ残ってんだろ」

「ウウ……」

 なんでもお見通しのソ-ニイだった。


 取っ組みあいで胸に触れたソーニイの手の感触。無慈悲に開けられたトイレのドア。そして二日前、明菜さんを見送った後姿……そして、スマホに写った明菜さんの表情。かなわない……しみじみと思った。

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