第23話《惣一の元旦》

ここは世田谷豪徳寺・23(惣一編)

《惣一の元旦》



 思い立って明治神宮に行くことにした。


 豪徳寺からは小田急で駅六つ。参宮橋で降りればすぐそこだ。

 むろん初詣ではあるが、大げさに言うと、いろんな可能性を試してみたいという子供じみた気持ちからでもあった。逆に言うと、船の不具合で急に与えられた休暇自体なにか運命めいたものを感じてもいたのかもしれない。


 なんの運命か……それは分からない。


「さつき、今日はバイト休みなんだろ。いっしょに初詣行かないか」

「お気遣いありがとう。でも、すぐ成人式だから、そのときに兼ねて行く」


 運命の一つが消えた。夕べ年越し蕎麦を食べているときに、さつきが見せた涙の訳を、それとなく聞いてやろうかと思ったが、どうやら見透かされている。何があったか分からないが、自分で解決するんだろう。オレがしゃしゃり出るようなことでもない。


 午前九時、自衛官としては課業中の時間だが、元旦の世間はまだ早朝と言っていい。駅までの道のりで開いている店は、デニーズとすき屋ぐらいのもので、通行人も少なく、つい思索的になってしまう。高校生のころは、さくらと同じように友だちといっしょに大晦日の夜から初詣のハシゴをやり、そのまま渋谷や新宿で遊び、家に帰るのは元旦の夕方などという無茶をやっていた。

 さくらは、さすがに明け方には帰ってきて、風呂に入って、さっさと寝てしまった。健康的なものだ。


 オレが考えていることは、さつきが初詣に付き合うよりも、もっと確率の低いことであった。例えて言うなら、戦艦大和が初弾で、40キロの最大射程で敵艦に命中させるほどの確率もない。


 型どおりの参拝を済ませると、隣接する代々木公園に足を向けた。中央広場まで行って運命に出くわさなければ、そのまま参拝をしたということだけで帰ろうと思っていた。


 中央広場の外周ジョギングコースに差しかかると、運命の方から声を掛けてきた。


「あら、やっぱり佐倉君じゃないの!?」


 ジョギングの途中らしく、足踏みしながら盛大に白い息を吐きながら明菜が言った。


「ハハ、こんなこともあるんだな」

「よかったら、広場で待ってて。あと半周だから」

「ああ、そうするよ」


 明菜は、防大の同期だ。任官を拒否し、民間企業に就職している。国際関係論が専攻で、在学中に目が外に向きすぎた学生だった。外資系の会社に就職し、オレが陸上勤務だった半年ほど付き合いがあった。海上勤務になると自然に付き合いが無くなっていまに至っている。休暇のときに携帯を掛けてもアドレスが変わっていた。元の会社から探れば番号や住まいなど直ぐに分かることだったが、オレはやらなかった。連絡が無かったということは、もう会わないという意思表示なのだろうから。


「おまたせ」


 湯気を立てながら、明菜が戻ってきた。


「歩きながら話そうか」

「うん、クールダウンしなくっちゃね」

 そう言うと、明菜はバックパックからウィンドブレーカーを取りだした。

「あかぎに乗ってるみたいね?」

「なんで知ってるんだ?」

「ハハ、引き渡し式の時カメラに写ってた。ユーチューブで見たわよ」

「そうか」

「必死で捜したって、言ってもらいたかった?」

「ハハ、明菜が、そんなことするわけないじゃないか」

「誰かさんは、するかもって……少しは賭けたんだよ」

「そっちから、切ったくせに」

「迷ってたんだ……仕事に。残念、こんなとこで会うんだったら辞表なんか出さなかったのに」

「可愛いこと言うなあ」

「佐倉君て晴れ男じゃん。運のある男だと思ってた。だから運が付いてるようなら、もう少し……そう思って……一年か」

「辞めてどうする?」

「国に帰る」

「いつ?」

「明日」

「何時の新幹線?」

「内緒お~」


 おどけて、そう言うと明菜はブレーカーを着込んで足早に先に歩いて振り返って、傍らの木を指さした。

 だれかのイタズラだろう、桜の造花が枝に紛らせてある。


「元日のサクラなんて、遅咲き過ぎ!」


 軽く手を振ると、ピクニックでも行くような足どりで駅の方に向かった。オレは声を掛けることさえしなかった……。

 

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