第10話《待てない未来がある・1》

ここは世田谷豪徳寺・10

《待てない未来がある・1》




 ドサ


 空から靴が降ってきた。


 体育の時間にグラウンド用に使う学校指定の運動靴。

 危ないなあ……!?。


 一瞬、見上げた校舎の屋上に人の気配。


「どうかした?」


 体操服のナリで佐久間まくさが近寄ってきた。

 今日の四限は実質二学期のおしまいなので大掃除になっている。帝都女学院の生徒は全員体操服に着替えて、担当の区域を掃除の真っ最中。

 で、あたしたちのクラスの半分は、北校舎外周の掃除に当たっていて、落ちてきたのと同じ運動靴を履いている。


 直感で、この運動靴はヤバイと思った。


 第一に「白石」と書かれていること。うちのクラスに白石という子はいない。

 第二に、その靴が、ほのかに暖かいということ。つまり寸前まで誰かが履いていたということ。

 第三に、屋上に人の気配がしたこと。

 第四に、屋上は危険なので、清掃区域には入っていない。


「声を上げないで、上を見ないで……白石って子が屋上から飛び降りようとしてる」

「え……!?」

「静かに……体育教官室行って、一番頼りになりそうな先生に言ってきて」

「う、うん……」

「早く、あたしは屋上に回ってみる……」


 まくさは、校舎を回って体育館を目指す。

 土足のまま、一番早く行けそうなのが体育館の教官室だったから。


 あたしは、ゴミ置き場のゴミか備品か分からないロープを持つと、校舎まではゆっくりと……校舎に入ると、土足のまま階段を一段飛ばしに上がっていく!

 一瞬アニメの『時をかける少女』の真琴がタイムリープするために階段を駆け上がるシーンと「待っていられない未来がある」というキャッチコピーを思い出していた。


――あたしの早とちりでありますように!――


 こういう時の勘は当たる。


 四階から屋上に上がる扉の鍵は開いていた。

 ここ、普段は出入り禁止で、鍵は先生でないと自由にならない。


 隙間から覗くと、体操服にポニーテールの子が、柵の外側に立って校舎の北側をじっと見ている。

 北西側には、恵里奈たちが、まだ掃除の真っ最中。


 ……恵里奈たちが居なくなるのを待って飛び降りるつもりのようだ。


 あたしは、自分の体に袈裟懸けにロープを巻き、端っこをドアノブに結びつけた。そして、ゆっくりドアを体一つ分だけ開けて、離れたところから柵を越え、白石さんに近づいた。街の喧噪と風の音で気づかれることは無かった。

 でも三メートルが限界……そう感じたとき、白石さんが振り返った。同時に、あたしは語りかけていた。

「靴落としたわよ。白石さんでしょ?」

 振り向いた顔に見覚えがあった。勉強はできそうだけど、あたし以上に人間関係が苦手そう。あたしみたいな無口じゃない。廊下や食堂で、たまに見かける彼女には、いつも取り巻きがいて楽しそうに冗談なんか飛ばしていた。


でも、この子の目は笑ってないなと感じたことを思い出した。


「やっぱり落としてたのね……」

「あたし、何度かあなたのこと見たことがある。ちょっと同類のような感じがしていたの」


 それから、なにか話したんだけど、覚えていない。


 だって、事態は急展開したから……。 

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