第9話《父 佐倉惣次郎の休日》
ここは世田谷豪徳寺・9
《父 佐倉惣次郎の休日》
やっぱりゴミの市は初日の十五日に来なきゃなあ……。
世田谷名物のゴミの市は、十二月と一月の十五、十六日ときまっていて、わたしのような図書館勤めには不利だ。
昔は、一月十五日が成人の日だったので、この日を狙っていけたのだが、今は勤務日と重なって行けない。
まあ、雰囲気だけでも味わえればと運動がてらに……と言いながら財布に十万ばかり忍ばせてやってきた。家から一キロちょっとの世田谷駅付近から都道三号線に面した桜小学校のあたりまでがコースで、七百件の出店を見て回るのは、好き者のわたしでも、かなり根性がいる。まあ、名物の代官餅でも食べて手ぶらで帰るかなあ……と、コース半ばの代官所前あたりで思った。
都道に出る二百メートルほど手前に北に向かった細い通り抜けがある。
「お子さんは三人ですな?」
通り抜けの角から声がかかった。見ると色白の若い易者が占いの店を出している。
「え……」
「お子さんは、男の子を頭に、娘さんがお二人。大学と高校ですな」
「……当たってる」
「……世話役をやってらした犬飼さんの気配がします……ご親類、いやご親類同然のお付き合いをなさっていたお方ですね」
当たりすぎて気味が悪い。
「わたしも犬飼さんにはお世話になって、昨年から、ここで占いを始めました。これもご縁。あなたのことは無料で見させていただきますが」
若い占い師は、軽い笑みを浮かべ、かつ真剣に言ってくれる。
で、気がついたら、男の前に座っていた。
変わった占い師で、筮竹や拡大鏡は脇に置いて、見慣れないパソコンを真ん中に置いていた。
「パソコン占いですか?」
「まあ、浄玻璃のようなものです」
「ジョウハリ……閻魔さんの鏡ですか?」
「よくご存じで……これは、それをパソコン形にしたものです。よく画面をご覧下さい」
画面には、このゴミの市を上空から見た様子が映っていた。思わず空を見上げた。
「ヘリコプターもドローンも飛んではいません。このジョウハリで見えているものなんです」
すると画面が拡大され、わたしと占い師の真上からの画像になった……かと思うとアングルが変わり、斜め横から見た姿。今度は、その斜め横を見てみる。グーグルマップかと勘繰ったが、見える俯瞰図は今のものだし、人や車が、ちゃんと動いている。
「何もございませんでしょ。全て、このジョウハリに写ったものなのです……こうやってお気晴らしに来られていらっしゃいますが、お子さんのことがお気にかかっておられるのですね」
「え、まあ……大きくなると、我が子ながら見えないところが多くなりましてね。まあ、親の思い通りには育たんもんだとは、自分自身を省みて思うんですが、気にはなります」
「息子さんは……海上自衛隊ですね……なかなか優秀な自衛官でいらっしゃる。乗っていらっしゃるのは、この船ですね」
ジョウハリには、息子惣一が乗っている新鋭の「あかぎ」が勇ましく波を蹴立てている様子が映っていた。
「息子さんは大丈夫でしょう。防衛機密に属しますので、詳しい勤務状態は申し上げられません。いくつかの困難には見舞われますが、無事に勤めてお帰りになられます」
「それはよかった」
「娘さんに、トラブルの気配がいたしますね……」
ジョウハリには、見慣れた近所の生活道路が写っている。道なりに進んでいくとマリリンモンローがスカートが捲れてニコニコしている姿が、工事中のガードマンといっしょに映っている。で、そのマリリンモンローには尻尾が生えていて、電柱の住居表示が「狸寺三丁目」になった。
「これは……?」
「これは、上の娘さんが、お友だちに頼んで加工した映像です。元の映像は、もう見られません。このジョウハリを除いて」
占い師は、変換キーを押した。すると、モンローが帝都の女生徒に変わった。
「否定なさりたいお気持ちは分かりますが、これは、下の娘さんです」
派手にめくれ上がったスカートから覗いているパンツには見覚えがあった。スターウォーズシリーズのレイア姫……顔を確認したかった。するとアングルがグルリと変わり、正面の姿に。間違いない「う!」と驚きと恥ずかしさが一緒になったさくらの顔だ。
「こんなものが、ネットで流れたんですか!?」
「今は、マリリンモンローに変わっています、ご心配なく。問題は、ここから広がる娘さんの人間関係です。良い方にも悪い方にも転びます。ただ、下手に口をお出しになったりするると、逆の目が出ることがあります」
「では、どうしろと……?」
「愛情……信頼だけは無くさないようになさってください。お父さんのお気持ちが、目に見えぬ支えになります」
「はあ……」
俯いて顔を上げると、占い師の姿はテーブルごと無くなっていた!
「え……!?」
声を上げて腰を下ろすと、掛けていた椅子が無くなり尻餅をついてしまった。
「オホホホ……」
通りのどん詰まりのあたりから笑い声がした。骨董を広げている作務衣姿の女が笑っていた。
「あたしの番ですね。どうぞ、こちらへ」
「は、はあ……」
あとで考えると、とても不思議なんだけれど、その時のわたしは、普通の感覚で女の出店に近づいた。
「これを、おもちなさいまし」
女は、亀が岡式の土偶に似た土人形を渡した。
「これは……?」
「お役にたちます」
「は……?」
「それだけしか、申し上げられません」
「信楽か備前か……いい焼き物だ。おいくら?」
「おしるしにに千円だけ頂戴いたします」
財布をゴソゴソやって千円札を出すと、女も出店も消えていた。
目を手に戻すと、手にしていた千円札が消えて、反対の手に人形が残っていた……。
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