第7話《拡散 さつきの側から》
ここは世田谷豪徳寺・7
《拡散 さつきの側から》
「お帰りぐらい言いなよ」
バイトの遅番を終えて帰ってくると、風呂上がりのさくらと狭い階段ですれ違った。
いつもなら「ただ今」に対し「お帰り」と返して階段を空けて待っている。わが妹の数少ない美点の一つ。
それが、挨拶もしないで階段ですれ違う。すれ違いざまにリンスの香り。
「あ、あたしの美粧堂のリンス使ったな!」
「え……あ、お帰り……」
腑抜けた妹は、ことの本質を理解せずに、そのまま三階の自分の部屋に上がった。
「ちょっと、さつき」
今度は、お母さんが、階段を降りてきて、あたしの部屋にやってきた。
「なに、お母さん?」
「……さくら、ちょっと変なのよ」
「やっぱり。で、いつから?」
「帰ってきたときは普通だったんだけどね、夕食の途中にスマホをいじってるうちに……食事残したまま部屋に籠もっちゃって、訳聞いても何にも言わないし、やっとお風呂にだけは入ったとこ」
「さつきに聞いてもらうのが一番かと、母さんと言ってたんだよ。イテ……」
お父さんは爪を切り損ねながら付け加えた。
「ジジババの死に目に会えなくなるわよ」
「え……あ、だな」
お父さんも気にしてるようなので、あたしは真っ直ぐ妹の部屋に向かった。
「入るよ」
言い終わらないうちに、ドアを開けた。さくらは慌ててスマホの電源を落とした。
「どうしたの、スマホでトラブってんの?」
さくらは、そのままうつむいてしまった。
「さくら、これが原因?」
スマホの電源を入れると、アッサリそれが出てきた。
たなびいたスカートの下にレイア姫のおパンツがむき出しになったさくらの後ろ姿が写っている。
「これが原因?」
「拡散しちゃった……!」
泣く泣くさくらは説明した……。
「そういうことか、お姉ちゃんにまかしときな。あたしが、これからなんとかしたげるから」
「ほんと?」
泣きはらした目で見つめる妹。
「うん、今夜中にはなんとかするよ」
「お父さんお母さんには内緒でね!」
「まかしときな。スマホ借りるよ」
とは言ったものの、確実な自信があったわけじゃない。
「……もしもし、北川署ですか。地域課お願いします」
から始めた。昼間お世話になった妹の礼を言い、拡散していることを話した。
――承知しました――
こういう場合の警察の「承知しました」は「なんとかする」を意味しない。ただ、当方が困っていることと、通報の実績を残しておくためのアリバイ。これで、最初に投稿した前田某は、今少し痛い目にあうだろう。
それから、自分のスマホで、バイト仲間の秋元クンに電話。
「……というわけなのよ。秋元クンなら、パソコン詳しいだろうと思って……そう、うん。そう……有難う、持つべきモノはバイトモだ!」
秋元クンは、同じバイト仲間の聡子ちゃんとの問題がある。円満に解決するためには、こういう関係のない問題で繋がりを持っていた方が、いざというとき役に立つ。
「どうだった?」
リビングに戻ると、お母さんが心配顔で聞いてくる。
「うん、大丈夫。手は打った。解決したら話すから。先にお風呂入るね……」
お向かいのお葬式や、お母さんの風邪ひきもあったんだけど、それを理由に一週間連続のオデンもたまらない。まずはひとっ風呂浴びるとする。
フニフニの竹輪麩はお父さんがやっつけてくれたようで、大根と、すじ肉、玉子、コンニャクでオデンをやっつける。
「そんな、無理して食べなくってもいいんだから」
「お腹は空いてたの……」
言葉に余韻を残して、自分の部屋に。
秋元クンから、――処理した。帝都女学院の画像見て――のメールがきていた。
相変わらず、さくらのレイア姫が出ている。中にはお尻のアップや、豪徳寺一丁目の住居表示のアップも。
「どこに処理……あ、これか」
さくらの姿がマリリンモンローの有名な姿風に入れ替わり、尻尾が生えている。住居表示も狸寺三丁目になっていて、パロディーとして面白いものになっていた。
「さくら、解決しといたよ」
「ほんと!?」
朝、通学前のさくらに耳打ち。さくらはスマホの画面を見て吹き出した。
「一件落着と……」
一晩で、どこにでもある女子高生のパンチラ画像などは消えてしまい、モンローもどきの写真に置き換わっていた。さすがは秋元クンではある。
「で、さくらの事って、何だったのよ?」
朝ドラのボリュームを絞ってお母さんが顔を寄せてくる。
「え、ああ、あいつも年頃だからね。ちょっとした恋愛問題。もう片づいたから、ほら」
家の前を、足どりも軽く学校へ向かう娘の姿を見たお母さんは納得した様子。
しかし、この軽い嘘が、後に現実になるとは、知るよしも無かった……。
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