第6話《拡散、その兆し》

ここは世田谷豪徳寺・6

《拡散、その兆し》




 駅から、みそな銀行の前まで来ると罵声が聞こえた。


 あたしは、水道工事のガードマンのニイチャンと顔を合わせたくなかったので、一本向こうの道を行こうとしたんだけど、もめ事には直ぐに顔と耳が向いてしまうのは江戸っ子の習い性。


 人だかりの向こうで、ガードマンのニイチャンと学生風がつかみ合いっこ。工事のオジサンたちが作業着にメット姿で間に入っている。


「てめえ、しらばっくれやがって!」


「だから、濡れ衣だって。あんたこそガードマンのくせして、交通妨害だろうが!」


「忠八、怪我させちゃだめだぞ、すぐにお巡りが……きたきた!」


 工事のオジサンたちが道を空け、お巡りさんが交通整理をし始めた。


「いったい、どうしたんですか?」


 息は弾んでいたが、男女のお巡りさんは穏やかに聞いた。


「こいつ、盗撮犯なんですよ!」


 ガードマンのニイチャンが、学生風の襟首と腰のベルトを掴みながら言った。


「盗撮?」


「金井さん、ちょっと交代」


「あいよ」


 学生風は、オジサンに後ろ手に捻り上げられた。


「イテテ……」


「オジサンこそ怪我させないように」


「すまねえ」


「これなんですよ」


 ガードマンのニイチャンはスマホを出して、お巡りさんに何か見せた。


「これは、え、君のスマホに入ってるってことは……盗撮は君?」


「違いますよ。こいつがアップロードしたのを証拠にコピーしといたんですよ」


 ここまででだいたいの事情が飲み込めた。


 でも、あたしは頭に血が上って動けなくなった(#'∀'#)。


「……なるほど。こちらがこれを撮ったのに気づいて、記憶していて、今あなたがここで発見したというわけ?」


「オ、オレが撮ったって証拠、どこにあるんだよ!」


「これが、証拠だよ。おめえだろうが!」


 ガードマンのニイチャンは、スマホの動画を再生した。


「なるほど、スマホ見ながらニヤツイているのは、まさしく君だね」


「服装も同じです。香取巡査」


 女性警官が大きく頷いた。学生風がわめきだした。


「ぼ、ぼくは、単に街のスナップ撮ってただけなんすよ。それを、女の子のスカート跳ね上げたのは、このガードマンの方なんですから! 悪いのは、こ、こいつ!」


「そ、それは事故なんですよ、事故!」


「事故なもんか。あんたこそ、誘導灯振り回して、女の子を!」


「悪いけど、二人とも署まで来てもらえるかな。すぐそこだから」


「「そんな!?」」の声だけは仲良く揃った。



「ガードマンさんは、悪くないです!」



 みんなの視線がいっせいに、あたしに向けられた。


 で、四人揃って、近所の北側警察に行くハメになった。


「じゃ、佐倉さんは、ガードマンの四ノ宮君が気になって見つめていた。四ノ宮君は、そんな佐倉さんにアガっちゃって、思わず大きく誘導灯を大きく振って佐倉さんのスカート跳ね上げた。それをたまたま街の景色を撮っていた前田君の映像に映りこんだ……というわけか?」


 お巡りさんが、いったんまとめた。


「でも、香取巡査。前田君の映像は、ハナから佐倉さんをフォローしてますよ」


 任意で出させたスマホの映像を見ながら、女性警官は言った。


「たまたま、彼女が前を歩いていただけですよ」


 前田は、開き直った。


「他にも、女子高生の映像が多いなあ……」


「たまたまですって、時間帯見て下さいよ。通学時間でしょ。女子高生なんか、どこにでもいますよ」


「でも、これは狙ってるなあ、あきらかに……」


「でも、そうだとしても、パンチラは、これだけですよ」


「たしかに……でも、これは制服フェチですね」


「そ、それは違う。単なるリセウォッチングですよ!」


 リセウォッチングぅ!?


「単なる街頭撮影ではないわけだ。今自分で言ったわよね?」


 なかなかの女性警官だ。


「法律には触れません」


「でも、てめえ、サイトに投稿してんじゃんよ!」


 四ノ宮さんの逆襲。


「うん、投稿の記録残ってるね」


「とっくに削除されてます」


「偉そうに言うな!」


「四ノ宮君は落ち着こう。佐倉さん」


「はい!」


 あたしはビックリして、椅子に座ったまま五センチほど飛び上がった。


「あなたは、こんなことされて嬉しかった?」


「とんでもない、迷惑です!」


「じゃあ……」


「その前に確認です。香取巡査」


「え……?」


「迷惑に思ったのは、投稿されたことだけ? スカートをナニされたことは?」


「恥ずかしいけど、あれは……事故です」


 ドン!


 香取巡査が、拳で机を叩いた。


「決まり。前田君、都の迷惑防止条例違反。一晩泊まってもらおうか」


「四ノ宮君と、佐倉さんは、ここに署名して帰っていいわよ。連絡先もお願い。で、これは肖像権の侵害で訴えられるから、家に帰って相談してみて」


 梅ヶ丘の駅まで四ノ宮さんと歩いた。


「ごめん、もともとはオレが……」


「いいの、四ノ宮さんのは事故。学校でも言われちゃった。そんな三十メートルも手前から見つめるもんじゃないって」


「オレこそ……」


「ううん、あたしこそ……」


 で、目が合っちゃって、それでおしまい。


 あたしは梅ヶ丘から豪徳寺まで電車。四ノ宮さんは駅まで迎えにきてくれた工事車両に乗ってお別れ。


 普通だったら、番号の交換ぐらいするかなと思ったけど保留。良きにつけ悪いにつけ、あたしは優柔不断。でも「ガードマンさんは悪くないです!」と叫んだ。そんな自分は新発見。


 そして、この問題は、これでは終わらなかった……。

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