二 武器を手にした男

 銃を突きつけた男は名を桜田さくらだ敬一けいいちといい、その道では知らぬものはいない凄腕の狙撃手であった。とある下町で生を受けた彼は、ひょんなことから―彼の両親は善良な一般市民である―裏の世界へと身を投じることになった。早めに銃の腕を見出されていた彼は表で学歴のために通う学生生活と、裏で訓練を行いかつ言われるがままトリガーを引く毎日に辟易していた。

 そんな時に出会ったのが、宮本みやもと修二しゅうじと名乗る自分と同い年の男である。自身が通う学校に編入してきた修二は、数多くいた同級生の中で自分を選んで話しかけてきた。最初は鬱陶しかったものの、話してみれば趣味が合い、同時に馬が合った。後にこの男は敬一の内心を危惧した彼の上司が接触させた人物であると知るのだが、その時にはもうそのような事はどうでもよくなっていた。自分の事情に深入りせず、それ以外ではよき友人でいてくれた修二に、敬一は気を許し、いつからか依存していたのだ。それ故に騙されたといった怒りよりも、寧ろ、彼が自分と同じ世界にいる人間であることに嬉しさを感じていた。そんな敬一に修二は「君らしい」と言った。その時は苦笑いであったが、敬一と別れたそのすぐ後に泣いていたと彼は翌日に同級生から聞いた。

 卒業した後も当然ながら付き合いは続いた。聖夜には悔しがりながらケーキを食べ、年が明ければ初詣に行き、成人すれば互いの家で酒を飲む。時折タッグを組んでは一緒に仕事をしたりもした。

 やがて、彼らは自他ともに相棒と称されることになる。

 敬一が今の名声を得てから暫く経ったころに、修二から長期の仕事が入ったので、それが終わるまで連絡がとれなくなると、スマートフォンの連絡ツールアプリに謝罪のスタンプとともに連絡がきていた。彼らにとって、長期間の仕事が入るのは珍しいことではない。狙撃手である敬一は、半年以上の期間連絡が取れないこともあった。修二にもその手の仕事がきたのかと、了承の返事を打ち込んで、自分も次の仕事を始めたのである。

 一ヶ月、三ヶ月、半年と修二からの仕事終了の報告は届かなかった。連絡しよにも、既読を示す表示すらでない始末。あの時、仕事の大体の期間を聞かなかった自分を彼は恨んだ。死んでないこと―上司から連絡が来るはずなので―がわかるのは救いではあるが、それでも彼は相棒のことが心配だった。

 消息不明となってそろそろ一年が経とうとした頃、一ヶ月という長期の仕事帰りで敬一は、普段は行かない居酒屋に修二が居る事に気づいた。こういった裏の世界では、仕事が終わらなければ、自らの拠点がある場所には戻らないのが暗黙の了解である。無論、二人もそれを頑なに守っていた。修二の拠点が近くにある場所で食事をしているならば、彼は仕事を終わらせたことになる。彼が店を出た後に、それとなく店主に聞いてみれば、敬一が仕事でいなかった一ヶ月前あたりからふらりと毎日現れるようになったらしい。

 店主に礼を言って、敬一は帰路についた。拠点に着き、風呂に入り、ベッドに身を投げるまで修二の行動の訳を考えていた。

 ――一ヶ月? 真面目な奴が一ヶ月も俺を放っておくか? その理由が思い浮かばなかったのだ。

 次の日の同じ時間にまた居酒屋へと行けば、店主の言ったとおり修二は同じ席にいた。敬一はその居酒屋には入らず、目の前にある二十四時間営業のコンビニエンスストアに入ることにした。修二が出る頃を見計らって、尾行する為である。気持ち酒に酔って出てきた修二の後ろを、気配を消してついていく。十数分歩いて着いた先は、敬一がよく知る相棒の拠点であった。やはり彼は宮本修二だ。だが、そうであるならばなぜ連絡をしないのか、連絡が取れないのであればなぜ手紙の一つも寄越さないのか。ぐるぐると考えが頭の中で回り、彼は尾行中に足音をだすという普段であれば絶対にすることのない失態を犯してしまった。振り向く修二に、敬一はバツが悪そうに頭を掻いて「よう」と声をかけた。普段であれば、彼は「なんだお前か。驚かせるな」と答えてくれるはずである。自分が何に怯えているのか分からないまま、敬一は修二の答えを待った。

 修二は二三度瞬きをしてから、

  予想外の言葉であった。

「は? お前、宮本修二だよな?」

「そうだけど。何で名前を知っているんだ」

「本当に覚えてないのか」

「だから、お前は一体誰なんだよ」

 彼は思わずその場から逃げていた。

 はじめて得た親友は、自分のことの一切を忘れていたのである。

 それから敬一は、修二のことを執拗に追い回すようになった。自分のことを思い出してほしい一心で、彼は修二に話しかけ、時には行動を共にした。しかしどれほど修二の傍にいても、彼は何も思い出すことはなかった。

 ――なぜだ、これほどまで尽くしているというのに、なぜ記憶が回復する傾向すら出てこない。自室のベッドに腰かけながら、頭を抱えた。

 最後の方には、修二は敬一から逃げだすことが多かった。逃げる理由すら思い浮かばない彼には、その行為が彼に対する拒絶に見えていた。

 やがて敬一は、思考を放棄することを選んだ。

 ――全てあいつの所為だ。思い出さないあいつが悪い。俺を知らないあいつなど修二ではない。修二の顔をして俺を忘れたあいつが憎い。だから……殺してしまおう。

 そうして彼はかつての相棒の拠点で待ちぶせて、彼を殺すための引き金を引いたのだ。

 今度は修二の記憶を取り戻すためではなく、彼の息の根を止めるための鬼ごっこが始まったのである。

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