第231話 あ゜あ゜あ゜

 美冬とそれなりに話し込んでいたら、班員から風呂の時間だと呼ばれた。

 美冬に「気を付けてくださいね本当にっ!」と念押しされ、進はそれを流すわけもなく、心底「わかった気を付ける」と返した。

 

 大浴場では、周りでガヤガヤ騒いでいるのを横目に、端っこの方で足を伸ばした。家の風呂は狭く、広い風呂に入れるのは貴重だ。言い方は悪いが美冬も居ないので気が楽だ。

 右手に掬ったお湯の熱を奪って凍らせて、左手に掬ったお湯にその熱を与えて沸騰させる。人力ヒートポンプだと頭の中でほざいて満喫する。

 

 そろそろバカらしくなって、他の班員より一足先に上がった。

 着替えてから自販機でコーヒーを買い、風呂上がりのカフェイン補給をする。家の金色の蓋のやつが恋しくなるが、数日の我慢だ。

 

 一人で座りながら思考を停止させていたら、ふと、隣に誰かが座った。確か同じクラスで同じ班の男子だが、名前がすぐに思い出せない。

「日戸って、着痩せするタイプだね」

「……え、あ、俺?」

 この人間とは一度も話した事が無く、反応が遅れる。

「な、何ですか、急に」

「君、良い体してるね。鍛えてるの?」

「いや……特には……」

 

 進は立ち上がった。「先に戻ります……」とだけ言って、即座にその場を離れた。スマホを出してアプリを開き、そして美冬に電話をかける。

 美冬は1コールで出た。流石の美冬だ。美冬が進からの電話に出なかったことは殆ど無い。

 

「みふ、助けて」

 

 もう心臓はものすごい速さで鼓動し、背中から変な汗が流れ始めた。魔導庁で現役で戦っていた時以上に、焦りや緊張感、そして恐怖が湧いてくる。

 

『どうしました!?』

「急に、良い体してるとか、言われた」

『誰に?』

「同室の野郎」

『あ゜あ゜あ゜』

「どうしよう」

『逃げてください、そして全力でノンケであることを主張してください。良いですか、嫁が居る事を主張しましょう』

「どうやって……」

『どうせ修学旅行なんですから恋バナ的なことでもするんじゃないんですか?』

「いや、理系クラスにそれはない……」

「あ……」

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