第228話 【挿話】なんで今脱いだの

「みふは、俺に好きとか言ってくれないよね」

「だって、美冬の気持ちは言葉では表せませんから。宇宙より広大な気持ちで時空を超えますもの。言葉で簡単に言ったら薄まったような感じになるじゃないですかあ〜」

「でも、俺には言わせるよね」

「はい」

「俺からの気持ちは、その、言葉で表せる程度でいいんだ……と思って」

 ……────。

「……へ? あ、あの、それは……そうじゃなくて……」

「ごめん、なんでもない。ただの曲解だった」

 

 という会話があって以来、美冬は酷く思い悩んでいた。

 いざ言われると、気付かなかった自己矛盾のような諦めのようなものに気付き始める。

 特に何事もない日々が数日続いてはいる。夜になって進が帰ってくれば、夕飯時に「来週は修学旅行ですね」なんていう話をしているし、いざこざはない。

 

 気付いてしまってから、気分が日々重くなっていく。

 考えれば考えるほど気付きたくない答えに行き着いてしまいそうで、それも嫌だ。

 

 一昨年くらいまではそれでよかったのだが、今はもう嫌だ。

 

 今日も夕方になり、進が家に帰ってきた。玄関で出迎えて、大体の場合は拒否されるキスをせがむ。

 今日は珍しく0.5秒ほど許された。直後、進は鞄をその場に適当に置き、美冬を抱きしめた。

 美冬の体が急なことに硬直するも、すぐに力が抜けていって、進の背中に腕を回したらそのまま体重を預けた。

 

「珍しいですね、どうしたんですか? 嫌なことでもありました?」

「みふの元気が無さそうだったから」

 

 離れて、美冬の頭を撫でる。

 進から見て、美冬の方が疲れた顔をしていた。

 

「なんか、最近、考え込んでる?」

「……いえ」

「また菊花となにかあった?」

「それはないですよ。昨日も一緒にゲームやりましたし」

「──じゃあ、もしかして、俺が前に言ったこと気にしてる?」

「気にしてませんよ」

 

 あくまで、進のせいではない。美冬自身の問題だ。

 

「そんなことより、お風呂入るなりご飯食べるなりしましょ。ご主人様、ちょっと汗臭いですよ」

「え、あ、ごめんすぐ風呂入る」

「それで急に抱き着かれたら」

「嫌だった?」

「ムラムラするじゃないですか。我慢するこっちの身にもなってください」

「それは本当にごめん」

 

 †

 

 進が数学の課題に勤しんでいる最中、美冬はタイミングを見計らっていた。数字がひたすらノートに並んでいるのを見ても全く意味がわからない上に、構われないのは面白くない。

 音をたてずに隣りに座って、ちゃっかり肩同士を当ててみる。

 どうにも事務的に、左手で軽く頭を撫でられるが、意識はまだノートの方だ。

 

 これは邪魔のし甲斐がある。

 

 こうなればリアル耳舐めASMRだ。リラックスどころか、興奮して課題に現を抜かすことも出来まい。唾液で濡らした舌で、ちろちろと可愛らしく舐めてみたり、耳全体を包むようにしてみたり。流石にこれでは課題どころではなく、美冬の方へ集中するしかない……。

 

 だが、進はもうこの攻撃にそれなりに慣れてしまっていた。多少の効率は落ちても、まだ課題に集中出来ている。

 むしろその中途半端に効率が落ちているのが、美冬にとって良くない。

 そろそろ耳以外が欲しくなってしまう。

 

 美冬は一度、ワンピースの裾の中に手を入れて、下着を下ろす。片足だけに引っ掛けたまま残し、耳舐めを再開。

 

「……え、なんで今脱いだの」

 それで進の集中が切れ始めるが……課題ももう少しで終わる。

「さっき着替えたばかりなのに汚れたら嫌なので……」

「汚れることないでしょ」

「汚れると言いますか、濡れると言いますか」

「そういうことか……」

 

 やっと進の課題が終わった。

 だが美冬が辞める気配がない。

 仕方なく、強制的に引き剥がして終わらせた。だがそれでは美冬が可哀想だと思い、太ももの上に座らせて撫でてやる。

 

 美冬の目は、すっかりハートの形をしていた。

 

「ご主人様」

「ん」

「美冬が、好きって言っても、薄まらないですか」

「やっぱりその話気にしてたんだ」

「だから、気にしてないですって」

「別に薄まるとか無いでしょ」

「……はい」

 

 美冬がそのまま進に軽くキスする。

 その流れで耳元で囁く。

 

「すき」

 

 はにかんで誤魔化した。

 

「いざ言うとちょっと恥ずかしいです」

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