第221話 暇なときは想像妊娠

 2年生による組体操です──というアナウンスが鳴った。

 直前の競技が終わってから集中して待っていたため、進を探すのも簡単だった。

 見つけ次第、ひたすら無言でシャッターボタンを押しまくる。写真というのは1000枚撮って納得行くものが1枚あるかどうかのモノだ。撮れるものは全て撮らねばなるまい。

 

 だが……組体操だ。

 何をどう撮っても他人が映る。しかも、平均的な体型をしている進は、だいたい誰かに踏まれているのだ。仕方がないこととは言え、理屈では抑えられないやり場のない憤りが湧いてくる。

 奴らは誰の許可を得て主を踏みつけ乗っているのか。

 

 さて、そんな感情とは別に、また他の得体のしれない感情が芽生えてくる。

 同居を始めて半年強。それから毎日のように弁当を作り、学校へ送り出し、面倒を見てきた。

 あんなに小さかったのに、いつの間にか身長も伸びて、声変わりが終わり、もう高校2年生……。

 

「あのこ……わたしがそだてたんです……」

 

 目で姿を追いかけるのに夢中になって、シャッターを着る指が止まっていた。

 

「えっと、美冬さん、大丈夫?」

「……はっ、母性を感じてる場合じゃない」

「母性……?」

「想像妊娠の癖が」

 

 我に返った美冬は、急いでカメラを進の方へ合わせた。例え他人が映っていようが、踏みつけられていようが、主人が踏ん張っている姿を写真に納めないわけにはいかないのだ。

 

「えっと、なに? 想像妊娠って」

「え? ご主人様を妊娠するんですよ。言葉通りです」

 

 他人と喋っている場合ではない。走って移動する進の姿を、火器管制システムでさえ顔を引き攣らせる勢いで追いかける。

 

「ん……? 日戸君との子供を……じゃなくて?」

「いえ。ご主人様を、です」

「聞き間違いでも言い間違いでもなく?」

「ええ。暇なときは想像妊娠すると、良い暇つぶしになりますよ」

「……あ、そうなんですね」

 

 芙蓉は理解するのをやめた。そしてこれ以上踏み込むのをやめた。これは、きっと文化の違いなのだろう。人間と妖怪の、超えられない壁のようなものだ。本人たちが幸せならそれでいいのだろう。

 

「あ、今の話、他言無用でお願いします。ご主人様に知られたら少し恥ずかしいので」

「日戸君、知らないんだ……」

 知らない方が良いこともこの世にはままあるとは言うが。

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