第220話 人前で抱き着かれると恥ずかしい
美冬は三脚を持って駆け出した。持ち前の運動神経で人の間をすり抜け、生徒の待機席へと向かう。進が持っていたプリント類はスマホで撮ったので、彼の居場所は把握済みだ。
そして、進を発見。ひと目も憚らず、いやむしろ周囲に見せつけるように
「ご しゅ じ ん さ ま!」
と飛びついた。
「うわ危ない! カメラ壊れる!」
「いいんですよ、壊れたって新しいのを買う口実が出来たって言うだけですから。そんなことより! あの、ほんと、お願いしますからね。さっきからあのブス女と楽しそうにおしゃべりしてますけど、あの、『浮気はだめ』ですからね」
「声でかいし、人前で抱き着かれると恥ずかしいんだけど」
「何が恥ずかしいんですか?」
「いや、だって」
「なにか問題でも? ご主人様と美冬の関係を恥ずかしがる理由なんてあるんですか?」
「あとでイジられんの」
「イジってくるお友達居るんですか?」
「なっ!」
美冬の純粋無垢な瞳が、進のはらわたを貫いた。
もう何も言い返せない。言い返す気力もない。そのまま一思いに殺してくれとさえ思える。
さて、そうこうしているうちに、進が出る競技が始まってしまう。
「ご主人様のお写真はちゃあんと撮っておきますから、頑張ってくださいね」
「ほんと、写真とか要らないって」
「ご主人様が要らなくても美冬には必要なんです。スマホの壁紙にするので」
「ならもう好きにして……」
2年男子では組体操をやるらしく、進は他の男子たちに混ざって待機席を出て行った。
美冬はそれを笑顔で手を振って送り出したら、いつ始まっても良いようにカメラをスタンバイ。そして待つ。
「美冬さん来てたんだね」
存在は知っていたが、とうとう芙蓉が接触してきた。まるで親しい友人ですよ、とでも言いたげに隣に立ってきた。
「すみませんいま忙しいんで話しかけないでください」
美冬には芙蓉と仲良くする気など一切ない。
「でも日戸君が出てくるの、しばらくあとだよ」
「ご主人様を待つのに忙しいので」
「忙しいんだ、それ」
だが、確かにしばらく待たされそうだ。冊子によれば今やっている競技のすぐ後らしい。しかし、霊長類の有象無象が付け焼き刃の二足歩行で若干100メートルほどの距離をちんたら走っているの見るに、いつ終わるのかも予想つかない。
「井上さんの方は暇そうに見えますね」
「うん、そこそこ暇。競技とか見てても面白くないし」
「ふうん」
「そういえば話変わるんだけど」
「話しかえるくらいなら立ち去っていただけませんか」
「美冬さんが狐から元に戻れなくなったとき、日戸君、人間の尊厳が〜てなんか言ってたけど、美冬さん何したのかなあって」
「話聞けよ。んにゃまああれは……」
思い出したら変に笑えてきた。あの時の複雑そうな進の反応は、加虐心を煽られる。
「ご主人様って、そこそこケモナーで、どちらかというとMなんですよ」
「うん?」
「つまりそういうことです」
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