第215話 もし色目使ったら十円パンチします

 夕方になり撤収。

 すっかり疲れてしまっていた美冬は、しばらく後部座席で進の肩に寄りかかっていた。

 

 家についたら揺すって起こした。

 

「アリス、言っておきますけど。ご主人様は渡しませんから。もし色目使ったら十円パンチします」

 美冬は寝ぼけながら喚いた。

 新車価格が1000万円を超える高級車に対する仕打ちとしては中々である。

 

 美冬は帰りの車内で、進とアリスがしていた会話を見ていた。

 進が喋って、ダッシュボードの端末に文字が打ち込まれていくので、聞くと言うよりも、見る。

 

 サーキットでは、アリスをジャッキアップして、足回りやエンジン内部なんかも詳細に見ていた。整備士と美冬の解説を聞きながら、アリスの車体を解剖していた。

 そのことの延長線だろう。

 

『進、高校、理系なんでしょ』

「ああ、うん、そう」

『なら帰ってきて』

「え、なんで」

『整備士になって私の面倒見て欲しい』

 

 それを言うために、また普段見せることが少ないアリスの自動車としての本来の姿を見せるために、アリスは進を呼んだ。

 

 さながら職場見学だった。

 実際にタイヤ交換を手伝ってみたり、全開走行の助手席に座ってみたり。進は心底楽しそうにしていた。

 

『この選択肢も有るっていうことくらいは 

把握してても良い』

「……そうだね、考えとく」

 

 車が人間の面倒を見るというのは中々に考え辛いことだが、実際にアリスは進の面倒をよく見ていた。進はよくアリスに魔法の使い方の教えを請うていたし、アリスも熱心に教えていた。

 

『今だから言うけど

 進が辞めたのはショックだった』

「……アリスに言われると堪えるな」

『辞める前に言ってやれば良かったって後悔している』

「言われても辞めてたよ」

『寂しいこと言うなよ』

 

 こういう会話を見れば、否応にも目が覚めてしまった。美冬は終始寝たフリを続けたが、内心、穏やかではない。

 今更になって進を奪おうだなんて、虫がいい話だ。

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