第213話 誰が見ても好きなる

 約束の日。

 早朝から家の前で待っていると、黒い無人のGSが迎えに来た。

 アリスだ。

 詳しいことは進と美冬は聞かされていない。

 

 そして数時間車に乗せられ、何も知らされず着いたのは、サーキットだった。

 

 がらんどうとしたサーキットに、車検には通る程度の騒音を撒き散らしながら、数台の車が走り回っている。

 バックストレートで170km/hの速度を出してから、100Rの最終コーナーを回りホームストレートに入ってくる。

 

 先頭を行くのは赤いランエボ。その後続に白いシルビアが続いている。

 両車共に、知っている車だ。

 

「1分6秒52……手抜いてんじゃねえだろうな」

 不機嫌そうな声でタイマーを睨む謎のオッサンは蒼樹だ。無線機に向かって「おせえ、片輪車にすら千切られるぞ」と車達に檄を飛ばしている。

 

「片輪車ってそんな早かったっけ」

「あーでもパワーウエイトレシオは良さそうですよ。車輪だけですし。ジムカーナは強そう」

 鬼のような顔をした車輪が、キビキビと走って回っているのを想像した。

 

「お前らは早いな」

 蒼樹が美冬と進に気付いた。

 アリスには「お前は走る準備してこい。整備士来てっから」と促す。アリスはステアを回し、ピットの方へ向かっていった。

 

「あの、今日、何も知らされずに来たんですけど……」

「ああ。まあ、人間にはあまりに関係ないことだから。観光気分で居てもらって構わないよ」

 

 今日の主役は車たちだ。

 サーキットを借りて、車の性能限界を測定したり、技量向上のための訓練をする。

 

「アリスが、お前らにも見て欲しいんだと」

「アリスが? なんで」

「さ。アリスのことなら進が一番良く知ってんだろ」

「まさか」

「ああ、そうだ。美冬。お前の親父さんも、あとで仙台本部の連中連れてくるから」

「あ、そですか」

 美冬のあまりの素っ気なさに、蒼樹はつい「もう少しくらい喜んでやれよ」と肩をすくめた。

 

 ホームストレートを超えて第1コーナー、その後すぐに緩やかなS字コーナーがあり、直後に第1ヘアピンが待ち構えている。

 その第1ヘアピンの外側には観覧スペースがあり、進と美冬はそこに立って、走る車達を見た。

 

 ランエボは可能な限りステアを切らないようにS字をクリアし、そして高度な駆動制御システムを駆使したコーナリングで、あっという間にヘアピンを抜けていく。

 

 シルビアはおそらく本能だろう。美しいとさえ思える。リアを滑らせカウンターステアを当てながら曲がっていく。

 進達は丁度ヘアピンの外側に立っているため、小石が少し飛んでくる。

 

 しばらくすると、バックストレートを抜けてきた車が、丁度真後ろに見える最終コーナーを走っていくのも見える。

 

 進たちが立っている場所は、観覧にはとても良い場所だ。

 

 さて、しばらくするとアリスの音が近づいてきた。

 アリスは余程のことがない限り安全運転だ。せっかくのV8エンジンや最短0.1秒で変速する電子制御トランスミッションを活かすことは殆どない。

 

 なので、進としては、アリスの本気が見られるかもしれない、と言うのはかなり楽しみだ。

 

 美冬が進の腕を掴む。

 その時、黒いGSが雷鳴のような音で、第一コーナーから立ち上がった。S字を丁寧に潜り抜る。そしてヘアピンは無駄の無い動きで、確実に早く走り抜けるためにリアを滑らせながら曲がっていく。まるで1800kg以上の車重があるとは思えない。

 

 進はその姿にすっかり見惚れていた。

 早く走るためのはずなのに、なぜあんなにも優雅で美しいのか。

 

「ご主人様、ほんっっっとにアリスのこと好きですよね」

 美冬の視線に気づいたのは、アリスがダンロップコーナーを抜けたあとだった。

「いまのは誰が見ても好きなる」

「まさかの開き直りですか!? 最悪です! ご主人様の変態! 見境なし!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る