第14章 5月病

第212話 実姉のくせに出しゃばらないで

 今日は市ヶ谷に来て、例によってケントに付き合っている。彼の使い魔を育てるための練習相手だ。

 

 進が猫耳っ娘の霞の相手をしているのを、美冬が奥歯を噛み締めながら睨んでいると、進の姉の朝乃がやってきた。

 朝乃がここに来るのは珍しい。彼女にとってケントは大敵で、ケントが居る場所には可能な限り近付かないようにしているのだ。

 

「みふちゃんお疲れ〜」

「どうも、お義姉さん」

「その呼び方やめよっか〜。お姉さんね、進のこと渡すつもり無いから」

「渡されなくても奪い取りますからご安心くださいませ」

 お互いに微笑み合った。

 

「そうそう、アリスから何か言われてない?」

「ああ、なんか、ゴールデンウイークの予定は空けとけって言われてます」

 進にメッセージが届いて、まだ決まってるわけじゃないから詳しいことは言えないけど、と日にちだけ言ってそれ以上は何も教えてくれなかったが。

「蒼樹さんがオッケーって言ってたから、ちゃんと空けといてね」

「蒼樹さん……? なんであの変なおっさんの名前が出てくるんですか?」

「あれ、アリスから聞いてない? えっとね──」

「あ、姉さん。何してるの」

 

 ここで進が気付いた。呼ばれた朝乃は、美冬のことを放って「わー寂しかったよ〜」と人目も憚らず、実の弟に抱き着いた。

「会ったのいつぶりだっけ〜? ごめんねこの間はみなちゃん達に丸投げしちゃって。ホントはお姉さんがどうにかしてあげたかったんだけど」

「姉さん忙しいし。他の人に話し通してくれただけでも助かったから」

 芙蓉と蛇の件だ。

「そうそう聞いたよ聞いたよ。みふちゃん、人間の姿に戻れなくなってたんだって? 大変じゃなかった?」

「それはみふに聞いて」

「とりあえず家に帰ってきたら?」

「絶対に嫌だ」

「じゃあ、お姉さんが、進の家に行くって言うのは?」

「それならまあ良いけど……家狭いしな……」

 

 美冬が朝乃の肩を掴む。

「良くありませんが」

 出せる限りの握力で以って、鎖骨をへし折らんばかりに。

 だが朝乃は痛がる素振りも見せず、むしろ美冬に見せつけるように、豊満な胸に実の弟の頭を抱き込んだ。

「とりあえずこの邪魔な女狐ちゃんは、仙台に返品しちゃおうか」

「だれが邪魔な狐ですって? 実姉のくせに出しゃばらないでください」

 

 二人の睨み合いが続く。

 周囲の人も妖も、この妙な雰囲気には近付けない。

 ヘタレな進も流石に黙っても居られなかった。

「二人ともやめなよ。人前でみっともない」

 実姉の胸に顔をうずめながら。

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