第211話 むらむらする……

 たまにはこう言うのもありかもしれない、と、家からは近くもなければ遠くもないという多摩川沿いを歩く。

 美冬は、以前進が入院した際に、朝乃が買ってきた首輪と急遽買ってきた安物のリードをつけ、それを進が抱えている。見た目はキツネだが、決してペットの犬畜生ではない。あまり気分の良いものではないが、たまには外の空気でも吸わないと、と休日を使って無理やり散歩に連れ出した。

 途中、本物の犬の散歩をしているマダムには「何という犬種ですか?」「ボーダーコリーですか?」「オーストラリアンシェパードですか」なんて尋ねられる。それも適当に返事して「雑種犬です」と誤魔化した

 

 進は何となく散歩を満喫しているが、美冬は家を出て10分で帰りたくなってしまった。

 見知らぬ人間には引き止められ、犬には威嚇され、あまつさえガキどもに触られそうになる。進に抱かれるのは良いが、このメリットに対するデメリットが釣り合っていない。

 とうとう、美冬は「もう帰りたい……」と進に泣きついた。

 

 家に帰り着いた途端、美冬は部屋の真ん中で伸びていた。

 相当疲れたらしい。

 首輪も取らず、キツネらしい細い目になって、鼻から息を吐いた。

 進が手を洗って美冬の隣に座り、それでやっと美冬の首輪が外される。

 そのまま頭を撫で、首裏を撫で……とすると、美冬の目はうっとりとさらに細くなっていく。

 

「だから言ったんです。家の中の方が良いって。外だといちゃいちゃ出来ないじゃないですか」

「ごめんって」

 不貞腐れるプラチナキツネを抱き上げて、耳の下を揉むように撫でる。

「にゃぁぁ……ぁ……きもちい……」

 10年以上も前から美冬といるのだから、彼女の弱点は完全に熟知している。

 美冬の口先が、進の唇にあたる。少しだけはみ出した舌がちろちろと舐める。たとえくすぐったくても、これを拒否したら怒られるから、我慢するしかない。

 

「口開けてくださいよ。ちゃんとちゅー出来ないですよ、これじゃ」

 熱い息を吐きながら囁く。

 だが普段ほど舌の動きは器用ではない。雑なほどに、ただ舐めるだけ。

 とにかく満足出来ない。押し倒して、身体を擦りつけても体格差がありすぎる。

 

「んん……なにしてもしっくりこない……」

 進の服を剥ぎ取ろうとしても肉球ではボタンの一つも外せない。

 焦れったいのが我慢できずに、爪を立てて引っ掻いてみても、進が少し痛がるだけだ。なんの面白みもない。

 

「むらむらする……」

「どうしたんだよ急に」

「だって、ずっと抱っこされてて、匂いが直接来るから。外だからって我慢してましたし」

「どうすればいい?」

「聞かないでくださいよ」

 

 進は起き上がって、美冬を腹に乗せたまま撫でる。右手は腹をまさぐってから、股下まで伸ばす。

 

「綿棒とかの方がいい?」

「直接触れてほしい……です」

 甘えるように縋りながら、首元を甘噛して身をよじる。

「ちょっとは気が紛れる?」

「んん……」

「痛い?」

「気持ちいい……ですけど……ん……」

 しっとりとした目で見つめる。

「我慢してたんです……でも、その、ここまでされたら流石にもう無理と言いますか。欲しくなっちゃうんです」

「それは……俺もだけど……。その体じゃ、ね」

「……不満ですか」

「いや、物理的に無理そう」

 

 美冬は、進の上から退く。

 部屋の中をうろうろと歩きながら尻尾を振り回す。

「どうしたの──」

「あの! ご主人様」

「え、あ、なに」

「……やっぱ何でもないです」

「あ、うん……」

「いや、やっぱ何でもなくない!」

「だからどうしたの」

「正直に、答えてください。美冬の、どっちの方が好きなんですか。今の体と、人間の体」

「究極の選択だな……。強いて言うなら太腿がある人間の体の方かな」

 

 その途端、急に少女が現れた。

 しばらく見なかった少女だ。

 最後に着ていたらしい部屋着のワンピース姿だ。

「じゃあ、こうしたら、ご主人様は嬉しいですか?」

 裾を上げて、引き締まった脚を見せる。

 

「……え、戻った? どうやって!?」

「気合で」

「気合!?」

「ご主人様のためにって思ったらイケました!」

「なんでもいいけどとにかくよかっ──」

 太腿への渇望よりも先に安堵していると、美冬が飛び込んできた。

 狐の軽さとは全く違う。限りなく人間に近い重量で、襲いかかる。

 流石に受け止めきれない。

 そのまま進は、床に頭を強打した。

 

「やっとちゃんとぎゅ~ってできます」

 それどころか、完全に馬乗りになり腕を押さえつけ、拘束した。

「続きしましょうね」

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