第210話 おっぱい吸わないんですか?

 芙蓉を駅まで送り帰宅。

 風呂に入り布団を敷いて、と以降はいつも通りに過ごす。

 

 だが、いつも通りでは無いのは進の方だ。

 普段であれば、美冬が進の隣でへそ天していれば、即座に乳を吸いに来るのだ。

 だが、それが今日は無い。

 何かがおかしい。

 ケンカの話を思い出して機嫌を損ねた……わけではない。乳を吸うことはなくても、頭は撫でている。美冬の相手をしたくないわけではない。

 ならどうして。

 

 美冬は誘惑するように、座っている進にあえて頭突して、その上でへそ天しながら上目遣いにしている。

 だが進は首の周りをワシャワシャと撫でるだけ。普段のような飢えた獣の様相はない。

 

「あ、あの、ご主人様?」

「ん?」

「えっと……その……おっぱい吸わないんですか?」

「今日はいいかな……」

「!?」

 ……。

「!?」

 !?!?

「なんで!?」

 好きあらばおっぱいのおっぱい星人の進がおっぱいを吸わない。

「なんでって……吸ってほしいの?」

「えっと、そういうわけでは、ない、ですけど」

「なら吸わないようにするよ。いや、普段からモフってるだけで吸ってるつもりは無いんだけど」

 

 え?

「な」

 は?

「ま」

 美冬の頭がバグり始めた。

 

「な、ん……で?」

「なんでって、みふが嫌がる事したからこうなったのかと思って……だから、みふが嫌がる事は避けようと思ったから。ごめん、今まで、無理やりモフったりして」

 

 そして、美冬の思考は停止した。

 

 しばらくして再起動。

 そして、自分が言った言葉を思い出す。

『ご主人様が美冬のために泣いてくれたんだなあと思うとこのまま勘違いさせたままでも良いのかなと思ったりもしますよね。そのまま罪悪感でボロボロになって縋り付いてくるご主人様を突き放したり優しく受け容れてあげるのは美冬にしか出来ないことですし』

 

 勘違いして泣いてくれたまでは良かった。

 だが、それ以降、縋り付いてくるどころか、むしろ離れて行ってるのではいか。

 それは、違うのでは。

 何もかも違うのでは。

 本当なら、もっと、泣きついてきて、悪いところは治すから捨てないでくれと縋り付いてくるのはずだった。

 

「やだ……」

 

 浅はかだった。

 

「触ってくれないのは、もっと嫌……です……」

 

 美冬は考えるよりも先に、勝手に体が進に縋り付いていた。考えていたのと真逆で、いつも通りの構図になっている。

「み、みふ? どうしたの?」

「本当に嫌だったらおとなしくしてないんです。なんで、そういう考えになっちゃうんですか」

「……モフられるのそんなに嫌じゃない?」

「嫌じゃないです……」

「じゃあ何がみふのストレス源に」

「……」

 

 進は数秒だけ固まった後、思考を巡らせた。狐の顔でもわかるほどにイジけて不貞腐れた顔をした美冬を見て、一先ずは抱き上げて撫でてみる。

 夏毛に変わってきて、モフ感は物足りないく感じる。

 進は何となく、美夏が一昨日来ていたときに言った事を思い出した。もしかしたら、それが正解だったのかもしれない。

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