第209話 しょうもな

「キョウワネ、サグチキンカリー作ッテイクヨ。マズワネ、ガーリックトズィンジャーヲ微塵切リダヨ」

 芙蓉はまるでインド人が日本語を喋っているのを真似している日本人が喋っているのを真似しながら、ニンニクを微塵切りにし始めた。

 その間、進は玉ねぎの皮を剥く。

「何その喋りかた」

「あ、知らない? やかましい人がカレー作る動画。面白いんだよ?」

「へー」

 玉ねぎは芙蓉が微塵切りにして、スパイスと一緒に炒めていく。

 隣でほうれん草を茹で、玉ねぎが入ったフライパンに移す。

「ココニトメートー入レテイクヨ」

 これもまたサッと炒めて、全部をミキサーに入れて生クリームも混ぜて、ペースト状にしていく。

 その後、チキンを炒め、ペーストを流し込み、バターを投げ入れる。

 あとは色々と入れて味を整えたら完成。

 

 とにかく不機嫌に居間から台所を睨み続けていた美冬でさえ、目の前に運ばれてきたカレーの香りには勝てなかった。

 口元を緑色に汚しながら頬張り、おかわりさえ要求するほど。

 芙蓉は美冬の胃袋を掌握出来たことに気分を良くしていた。

 

「美冬の聖域であるお台所を侵されたのは非常に納得が行きませんが……まあ、親切はありがたく受ける事にしますとも」

「素直に言えばいいのに」

「はあ!? 放課後の貴重な二人きりの時間をこのブス女に奪われて、どう素直になれと!? さぞ楽しかったでしょうね! お二人でスーパーに買い物に行き! お二人で台所に立って仲良くお料理! よくもまあ見せつて下さいましたね! ええ! 幸せそうで何より! ご馳走様ですよ本当にね!!」

「ご飯作ってくれた井上さんにその言い方は無いだろ」

 美冬の葛藤した目が進を睨みつける。

 確かに、進は正しい。正しいが、理屈ではないのだ。理屈で割り切れるものではない。

 とりあえず、狐パンチをひたすらお見舞いする。

「美冬だって……美冬だって! ご主人様と一緒にお台所に立ったことないのに!」

「だってみふが立たせてくれないんだから」

「っっっっっっっ!!!!!」

 狐パンチも止み、言いようの無い悲鳴が美冬の口から漏れる。

 

「井上さん、と言いましたか」

「は、はいっ」

「よくも美冬のご主人様を誑かしてくれましたね……。まあ、まあ、しかし、しかしですよ。世話になったのも事実です」

「これはこのあいだのお礼だから、気にしないでくれるとありがたい……です、あはは」

「そうですか。ああそうですか。まあいいです。冷凍庫に高いアイスが入ってます。美冬の秘蔵のアイスです。仕方ないのでそれはアナタにデザートとして差し上げましょう」

 

 美冬が名前まで書いて大事にしていた抹茶のアイスだ。

 それを持ってきて芙蓉の前に置き、進と美冬はいちご味を分け合う事にした。

 一つのスプーンで、進は自分が一口食べたら、膝の上に座らせた美冬にも食べさせる。これをひらすら繰り返す。

 芙蓉の「うわ……」という視線が刺さるが、芙蓉も芙蓉でスプーンから首に巻いた蛇にペロペロさせているから人の事は言えない。

 

「日戸君と美冬さんって、喧嘩するの?」

 ふと芙蓉がそんな事を聞いてみる。

 進は「いや、そんなに」と小声でいうが、美冬は「ええ、まあ、それなりは」と答えた。

「昔ほどではありませんけど。最近は、例えば、アナタとかアナタとかアナタみたいなのに下手に関わっちゃったりしてですね。厄介事に巻き込まれるの、辞めろって言ってんのに中々辞めないんですよ。ええ」

「だから仕方ないだろって」

「あとそれに、変なところで頑固で諦め悪くて負けず嫌いなところですよね」

「へー」

「何の話だよ」

 美冬は「去年なんですけどね」と話を無理やり続ける。

「前に、学生があっちこっちの妖怪を潰して回ったって事がありましてね? 犯人がお二人の学校にいるんですけど、いつ殺しに行こうか考えてる所ではあるんですが、とりあえずそれは置いといて」

「う……うん?」

「それに美冬が巻き込まれまして、ご主人様が助けてくれたんですけど」

「おーすごいね」

「まってよその話?」

「ご主人様、怪我して病院送りになりまして」

「え」

「問題はこのあとで、入院にかかった費用どうするかってなったんです」

 

 進はバツが悪そうに誤魔化そうとするが、美冬は止まらない。

 

「そしたらご主人様が自分で払うって言い出したんです。ご両親に払わせたく無いって言って。でも元はと言えば美冬も原因なので、だったら美冬も払いますって、せめて折半って言ったんです。でもご主人様、譲らなくてですね。なんでそんな見栄を張るんですかってなるじゃないですか。それで大喧嘩になったんです」

「良いじゃないかその話は終わったんだから」

「どうやって終わったの?」

「ああ、えっと、魔導庁って言って、このあいだここで集まってた連中の組織が払ってくれて解決……です」

 補足を入れると、美冬の従兄の照憐や満里奈達が関係各所に掛け合って色々とやってくれた。

 

「そもそも、ご主人様だけが負担するのって意味分かんないじゃないですか」

「それを言うならみふが負担する理由もないだろ」

「ありますよ、美冬が元凶ですし、ご主人様の従者ですから。それに、お金の話というよりも、美冬の気持ちを一瞬で踏み躙られたのが気に食わないって言ってるんです」

「だから踏み躙ったわけじゃないって」

「ならなんで最初にありがとうの一言も無かったんですか。『要らない』の一点張りだったじゃないですか」

「それは……謝ったじゃん……」

「──っていうケンカをこのあいだしました」

 

 芙蓉は「あー……」と言う微妙な反応をした。

「あまり詳しい状況はわからないんですけど。なんというか」

「しょうもな」

「!?」

「??」

 一言、ピシャリと言い放ったのは芙蓉ではない。

「その蛇喋れたんかい!?」

 進のツッコミの通り、芙蓉の首に巻き付いた蛇だった。

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