第206話 嬉しかったけど辛かったんだよ

 紛れも無く不機嫌そうにしている美冬に送り出され、進と美夏は家を出た。

 美夏は家に帰らなくてはならないし、夜に一人で出歩かせるわけにもいかないと、せめて駅まではと進も同行する。

 美冬には「美夏の事なんか放っておいていいんですよ!」なんて言われたが、それは進の良心が許さなかった。

 

 ふと、美夏が進の指を掴んだ。

 進には握り返す度胸もなければ、振り払う度胸もない。

 しょうもない話題で話しながら、そのまま駅に向かって歩く。

 

 気付けば駅前に着いていた。

 

「じゃあ、気を付けてね。花燐さんにもよろしく言っといて」

「──うん。あの、すぅ様?」

 美夏が離れず、指を掴む力が強まる。

「少し言おうか迷ってたんだけどね」

 

「魔導庁に戻ってくる気はない?」

 

 藪から棒に、とはこの事で、先程までの話からは一切の脈絡が無い。

 

「あたしね……すぅ様が、あたしの主人になること諦めてない」

 

 美夏がそんなことをかなり真剣そうに言うのは、進にとって意外だとかの域を飛び越している。なにか悩みでもあるんじゃないかとか、精神的に病んでいるのではないかとか、そう言ったのを心配する勢いだ。

 

 美夏はそもそも進の従弟である亮平と主従関係にあった。その契約も先日終わったという。

 進の中では、それはもう、お互いに自立して主人も従者も不要になったからだと解釈していた。

 

「これでもミフ姉ぇよりは見た目は良いって言われてるし、実力も上だし、隣に仕えさせる分にはアッチより良いと思う。それにあの女みたいに変な事して迷惑かけない」

「……もしかして、何かあった? 急にそんなこと言い出して……」

「何もなかったわけではない……けど。自分の実力の限界を感じたのと、亮平に嫌気が差しただけ。前からそうだったでしょ? アイツより、すぅ様の方があたしの力も、使い方もわかってた」

「流石にそれは無いんじゃないかな」

「よくアイツにあたしの使い方で怒ってたじゃん」

 美夏がじっと目を睨んでくる。

「あれ、嬉しかったけど辛かったんだよ。あたしのことわかってくれる人が、ミフ姉ぇに独占されてるの。それに、ミフ姉ぇのせいですぅ様の実力がどんどん潰れていくのを見てる……。わかる? 本当なら、せめてあと少しでもマトモな使い魔が付いてればすぅ様だってあんな酷くならなかったし、あたしにもう少しでもマシな主人が居たら……」

 

 美夏は、ふっと息を吐き、もう一度進を見上げる。

「頼んでも、どうせ嫌だっていうんでしょ?」

 進は頷く。

 美夏の肩に手を置いて「早く帰らないと花燐さんが心配するよ」と駅舎の方へ促す。

 美夏も観念して踵を返すが、やはり一度振り返る。

「今すぐじゃなくていいから。少し考えておいてね」

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