第203話 朝から空気重い
「日戸君、お昼食べょぅ……」
「……ぁ、」
「ぅゎぁー朝から空気重いなぁって思ってたけど悪化してる……」
芙蓉が自席の椅子を持って来て、進の机の前に座る。
そしてふと気付く。
進の弁当が、いつものタッパーに敷き詰められた丁寧なものではなく、コンビニで買ってきたであろうツナマヨのおにぎり1つのみである事に。
「美冬さんと何かあった?」
もしかして、と察する。
「……。みふが……」
やはり当たった。
「うん」
「变化出来なくなったんだ」
「……うん? あ、そっか、狐か……」
だが、だからと言って進がなぜ死にそうになっているかまでは、話が繋がらない。
「原因がストレスらしくて。その原因が俺にあったらと思うと──」
「ああ、それで……。美冬さんは何か言ってたの?」
「聞いても何も言わないから寧ろ……。無自覚にみふの負担になってたんだと思うと申し訳なくて、申し訳なくて……」
「う、うん。きっと気持ちは伝わってるよ」
芙蓉は内心、コイツラら2匹まとめて面倒臭い奴らだな、と気付き始めていた。
†
「くしゅっ! ……ああこれはきっとご主人様が美冬の事考えてますねえ」
くしゃみをした美冬の妄想は奇しくも大当たりだった。
肉球では殆どの事ができず、せいぜいスマホの簡単な操作程度しかできない。普段であれば家事か買い物をしている時間だが、今はそれも出来ないので暇を潰すために動画を流し見ている。
そんな時、急に家のチャイムが鳴る。
だが通販をした覚えはない。となれば、どうせ宗教勧誘か何かだろう。ただの狐にはどうにも出来ないので、居留守に限る。
だが……
ピンポーン……ピンポーンピンポーン……ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン
「なああああうるさい!」
ドンドンドンドンドンドン!!
「今度は何ですか!?」
「ミフ姉ぇ! 居るんでしょ!? 早く開けろ!」
「え、何、え、こわっ」
紛れもなく妹の美夏なのだが、全てが怖い。
呼び出し方も怖いし、そもそもなんで来たのかもわからないのが怖い。
なんとか苦労してドアの鍵を開け、美夏を部屋に入れる。
「で? 何で人の姿になれなくなったって?」
「何であなたが知ってるんですか」
「お母さんから聞いて。様子見てこいって言われたの」
「この通り普通ですから帰ってください。なぜ母が知ってるのかも存じ上げませんが、母には問題ない事を報告しておいて下さい」
「なんか、すぅ様が泣いてたって聞いたけど。何。訳わかんないんだけど」
「それはご主人様の勘違いで何も関係ないです。んーでもご主人様がとてもとても美冬の事を想って下さっていると知れたのは非常に嬉しいですし、ご主人様が美冬のために泣いてくれたんだなあと思うとこのまま勘違いさせたままでも良いのかなと思ったりもしますよね。そのまま罪悪感でボロボロになって縋り付いてくるご主人様を突き放したり優しく受け容れてあげるのは美冬にしか出来ないことですし」
「気持ち悪いし発情すんなよ……。なんでこんな地雷女と居るんだろ、すぅ様……」
妄想に耽って尻尾を振り不気味に笑い始める姉を、冷ややかな目で見降ろす妹の虚しさたるや。かつて張り合っていた頃の凛々しい姿は跡形も無く、今はもう年中発情期の狐畜生と成り果ててしまった。
果たしてこれを、母に対し「問題ない」と報告して良いものか。美夏は真剣に悩んだ。
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