第194話 いやもう既に死ぬ寸前なんだけどなあ!

 そして今日も教室はうるさい。

 理系クラスなど陰キャの集まりで静かかと思えば決してそんな事はなく。まだ新学期が始まってすぐだと言うのに朝からうるさい

 家なら家で、美冬がしつこかったり、ソシャゲで奇声を発していたりと静かではないが、そちらはまだ聞いて癒やされることができる。

 雲泥の差というやつだ。

 

 見渡すと、喋っているのはおそらく1年の頃に同じクラスだった者同士がいたりするみたいだ。

 なお、進の数少ない同じクラスだった友人の菅谷飛鳥は新学期が始まって一度も見ていない。短い付き合いだった。

 

 学校の有象無象がうるさいのでは、それはただの雑音に過ぎないわけで、苦痛でしかない。

 

「あの……日戸君」

 さて、陰キャボッチを貫く進に話しかける塩らしいクラスメートなど居ただろうか。

 だが居た。井上芙蓉だ。顔よりも先に、首に巻き付く蛇の方を先に覚えてしまう。

「昨日の事なんだけど」

「うん」

「相談が……あって」

「ぁぁ、うん」

「ここじゃちょっと話にくいから」

 

 移動を強いられ、来たのは誰も寄り付かない屋上前の階段。

 以前にも来ている。その時もやはり妖怪絡みの話ではあった。もしかすると、この屋上前の階段が妖怪的な何かなのかもしれない。

 

「この蛇の事なんだけど」

 芙蓉の首に巻き付く蛇。

 蛇の表情という表情は、素人にはわからない。しかし、ペロペロとしている様子を見る限り余裕そうだ。

「昨日、あの、犬さんとか、えっと美夏……さんだったかな、二人にも言ったんだけど」

 アリスはノーカウントか。

 アリスは泣いていい。

「あまり取り合ってくれなくて」

「何を?」

「あ、うん、その、この蛇、あまり悪い子じゃないのかもって思って……」

「……は? え、っとなんでそう思うんだ?」

 昨日、彼女自身が、蛇に巻き付かれてから起きた諸々の話を語っていた。それがなぜ、このような話になるのか。

「その……私、視える様になってから、幽霊? 妖怪……みたいなのに襲われるようになったんだけど」

 霊感持ちの宿命なのか、妖怪に襲われるのは。

「この蛇が守ってくれる事もあって」

 

 さて。話がおかしくなってきた。

 

「だから……その、実は悪い子じゃないのかなって」

 

 †

 

「ってその蛇が守ってくれるんじゃなかったのかよ!?」

「いつも死ぬ寸前くらいじゃないと助けてくれなくて……」

「いやもう既に死ぬ寸前なんだけどなあ!」

 

 現在、進は芙蓉を抱きかかえ、建物の屋根や屋上を飛び越えながら逃走中。

 追ってくるのは、妖怪。

 下半身が無く、腕を使って凄まじい速度で追ってくる。アスファルトの上をまるで害虫のように走り、蛙のように飛び跳ねて来る。地面と濡れた皮膚が擦れる音は、ただただ気色悪い。

 

「そもそも何だよあれ! 見たこと無いぞあんなの!」

「あの、多分、テケテケだと思う。昨日アマプラで映画見てて、そのせいで寄ってきたのかな?」

「知ったら付いてくるタイプのやつかよ! それに冷静すぎないか!?」

 

 あどけない少女のような顔をして、殺意しかない笑顔で迫ってくる。

 噂によれば時速150kmの速度だという。

 

 進の場合、芙蓉を抱き上げ気遣いながら身体強化で逃げている状況だ。美冬を召喚する余裕もなければ、熱の魔法を使うのに苦労している。

 

 何とか空気を凍らせ壁を作ったり、滑らせようとしても、そもそもテケテケは北国出身の怪異であり低温にも凍結した足元にも強く、速度に裏付けされた突破力よりあまり効力がない。

 

「ええい! 抜刀! 江雪左文字!」

 固体空気で刀を作り、名刀を宿す。

 やっと少し引き離したところで、建物の屋上に急停止。

「来るなら来い……!」

 芙蓉を背中に匿い、刀を構える。

 

 テケテケが目を見開きながら跳躍し、それを斬る。

 しかし、一体何の冗談か。テケテケは刀を踏んで更に飛翔。後ろに回り込み、今度は芙蓉に向って飛びついた。

 進では間に合わない。

 人間の脳の処理速度を遥かに上回っている。

 

 ──!?

 

 芙蓉の下半身を切り裂こうとした瞬間、テケテケが弾き返された。

 グチャと生々しい音を立てながら転がり、フェンスに激突する。

 その隙を進は逃さず、テケテケへ迫る。

 だが、それよりも早く動いたのは、蛇だった。

 芙蓉の首から離れ、急に巨大化。テケテケを捉えると咀嚼することなく飲み込んでしまった。

 

 進が状況を飲み込めず呆然としていると、蛇は何事もなかったかのように涼しい顔をしながら、すぐに小さくなって芙蓉の首に戻った。

 

「え……なに、今の」

 

 進から乾いた声が漏れ出た。

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