第182話 犬にバター

 公園での不完全燃焼感は、湾岸を走って吹き飛んだ。最初からこれで良かったなあ、とか元も子もない事を考えつつ、スーパーで惣菜を吟味する。

 

 出掛けた帰りは出来合いのものです済ませる事が多くなってきた。疲れないし、帰ったら空腹を我慢せずすぐに食べれるので楽といえば楽。2人分であれば下手に作るより安上がりな場合も。

 

「んにゃでもこれだったら作ったほうが安いし美味しいですよね……」

 

 という場合もしばしば。

 

 ついでに明日の分の買い物もして帰宅。ここから家までが微妙に遠い距離。


「春休みっていつまでですか?」

「来週の月曜日」

「短っ」

「いや春休みだしこんなもんでしょ」


 上空をヘリが飛行場に向かってバタバタと通過する。立川ならではだ。ヘリの音が聞こえると、車に限らず機械であればとりあえず興味を示すミーハー気質の進は、ついつい見上げてしまう。


「OH-1っぽいですね、細長いですし。いつの間に復活してたんですね」


 それを美冬が目を凝らして進に解説する。この手の知識に関しては美冬のほうが上だ。


「よくわかるね」

「当然です。ご主人様が興味ありそうなことや性癖なんかはおおよそ把握済みですから。んまあ今日はご主人様の新しい性癖を知ったわけですけど」

「え、なに」

「機械姦」

「なんでみふは俺をそんなに特殊な性癖に仕立て上げたいんだよ」

「いえいえ。とんでもない。ご主人様は元より歳上好きの近親萌えでケモナーですから? どんなに特殊な性癖があってもなぁんも驚きませんって。ケモナーなのは美冬的には好都合ですけども」

「もう何でもいいや……」

「はあ? なに開き直ってるんですか? そこ、ケモナー以外は否定してもらわないと困るんですが。浮気ですか?」

 まさかの悪い方向での掌返し。

「いま、めんどくせえって顔しましたよね」

「してないしてない……」

「前に勝手に猫カフェ行ったの、まだ許してませんから」

「いやだからあれは、行けばわかるって天国だから」

「まさかの開き直り」

「次は犬カフェとか行きたいな」

「犬っ? 犬……」

 

 美冬は唖然とした。

 よくも、よくも嫁を前にして浮気宣言を。

 これは、流石に殺しても許されるのではないか。

 もしくは、日本中の動物カフェを駆逐しても許されるのではないか。


「ご主人様、バター犬って知ってますか」

「ん、なにそれ」

「あ、ご存知ない」

 なるほど、知らないらしい。

 ならば教えてやろうではないか。

 この、残酷な世界の闇を。

 

「帰ったら実演していただくのも悪くはないのかなあと思うんですけど」

「え、実演? 実演ってなに、犬にバターでも食べさせるの?」

「近いっちゃ近いですけど」


 その正体を、美冬は進の耳元で、間違っても周囲には聞こえない声で教えた。

 教えてしまった。

 

 その存在を知った進は、絶望した顔になった。

 世界の全てに絶望した。

 知らなくて良いものを、知ってしまった。

 何も知らない純粋な自分には戻れない。


 そもそも、なぜ美冬はこれを知っていたのか。

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