第181話 かたちゅむり

 春休み

 

 まだ肌寒く、桜が咲き始める頃

 

 公園で太陽の下。

 太陽の光が皮膚に当たり、それが皮膚の分子を動かし、熱エネルギーに変換されて、身体が温まる。

 

 花見にはまだ早いが、家の近くの国営公園に来た。春休みだからか、平日だというのに家族連れが多い。だだっ広い草原だというのに、走り回る人間達の声がうるさいくらいだ。

 

 美冬は普段の疲れか、人が多くて疲れたのか。進の膝を枕にして仮眠中。妖で影が薄いのをいいことに、人目をはばからず少し起きては構うよう催促する。


 1時間ほどこうして、やっと起きたときの第一声は「人間のガキうるさい……」だった。

 はやり外に出るべきではない。例えビタミンDを得るためであっても、陰のモノは陰の中に居るべきだったのだ。そもそもビタミンDならば家でも良いのだ。


「ご主人様〜疲れましたご飯買って帰りましょー?」


 と美冬が一言言ったので、2人は荷物を片付けて、シートを畳んだ。

 

 帰り道、ふと思い出した。

 以前にもこんなことがあった。張り切って出掛けてみたはいいが、人が多くて嫌になってしまったこと。


 今日は気分が良くて、進を叩き起こし、2人分の弁当を作って公園に繰り出した。思い描いていたピクニック的な何かとは程遠く、風が吹くわ虫は寄ってくるわ、周りはうるさいし子供が投げたボールが飛んでくるわで……。美冬の期待を大幅に下回った。


 凄まじい不完全燃焼感だ。


 †


「こういう時はこの手に限ります」

 そしてやって来たのは、駅近くのゲームセンター。お馴染みの湾岸線を時速300kmで飛ばす系のゲームに、100円を投入しバナパスをかざす。

 久々に愛車の33Rを画面越しに見て「湾岸つったら33ですよね」と、隣の画面を覗き込む。


 進の愛車はアリストだ。

「相変わらずDQNのツインかたちゅむりですかご主人様」

「それ全国の善良なアリストオーナーに謝って。DQNじゃないラグジュアリーカーだから。アリスに言い付けるよ」

「はあ? なんですかご主人様、ケモナーどころか機械姦趣味にでも目覚めてたんですか。だからアリスト乗ってるんですか?」

「もう何とでも言ってくれ……」

「浮気だったらわかってますよね」

「断じて浮気じゃない」


 さっさと操作して、店内対戦モードに切り替える。

「コースどうします」

「えー……わかんない。逆にどこがいいの」

「じゃあ新環状右回りで良いですね」

 美冬がヤケに慣れたハンドル操作とアクセルペダルでコース選択を終わらせ、バトルが始まる。


 開始直後、連続して現れる橋脚に、アリストに乗る進は回避するあまり壁に激突、対して美冬は、曲がらないと散々こき下ろされる33Rを巧みに操縦し、すんなりとクリアする。


 それが決定的に、両車の差を生み出す。

 

 とにかく長いストレートが続き、車両のトップスピードが物を言うコース。

 加速、トップスピードは、33Rもアリストも共に良好。まるでこれが当然だと言わんばかりに、300km/hを突破し膠着する。


 勝負は、コーナー。


 緩やかなカーブのライン取り、車線変更、インターチェンジの急カーブでのブレーキ操作。ストレートが多いコースであるからこそ、速度の管理とコーナーの正確さが重要となる。


「だが実戦ではやはり33Rだ。新しい35Rが出た今でも──」

「え? なに?」

「32より伸びたホイールベース、大きくなったボディ」

「うわなんかブツブツ言ってる」

「わらわせるぜ 何も見えてないくせに」

「よく喋りながら運転できるなっ」

「車はまっすぐ走らない……」


 事実、ハンドルはずっと左右に切られ、それを安定させる為になんとか抑え込んでいる。道路の継ぎ目では容赦なく持っていかれる。


「どうです? ご主人様。結構良いでしょう?」


 そして大差をつけられ、進のアリストは敗北した。


「絶対に忘れない……この敗北感……」


 ハンドルに突っ伏し、いつの間にか力が入りきっていた両腕と右足が脱力する。それに進は壁にぶつけまくった一方で、美冬は一度も壁にぶつかることなく、スイスイと走って、まるで安全運転だった。


 美冬は勝者特典の無料コンテニューで乱入許可のままタイムアタックに入り、横目でドヤった。

「リベンジでしたらいつでも受け付けますよ?」

「むしろなんでそんな上手いんだよ……」

「ふっ まあ、アリストなんてアウトオブ眼中ですけどね」

「それ峠でエボがハチロクに言うやつ」

「三菱は実質日産傘下でアリストはトヨタだから大差ないですよ」


 なお、タイムアタックのコースは箱根だった。

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